
千葉県安房郡の鋸南町を拠点に、独自のコンセプト宿を次々と展開し、宿泊業界に新風を吹き込む株式会社紀伊乃国屋。代表取締役社長の蛭田憲市氏は、過酷な板前修業のほか家業の民宿を支える傍ら、閑散期には重機操作や大工といった建設現場での日雇い労働も経験。さらには自ら宅建資格を取得して不動産業を始めるなど、多岐にわたる現場経験を経て、独自のマーケティング戦略や不動産の知識を生かした稼働率90%超を誇る人気宿をつくり上げた。「一客一亭」という新たなビジネスモデルの展開や、千葉の海を「大人のビーチ」へと変貌させる壮大な構想など、既成概念にとらわれない蛭田氏の挑戦の軌跡と、社会にインパクトを与える未来の展望に迫る。
サバイバルな修業時代から得た「ニーズの本質」と不動産の知見
ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。
蛭田憲市:
高校卒業後、表参道の和食店で板前の修業を始めました。当時は朝早くから終電まで働き続ける非常に過酷な下積み時代でしたが、この修業を通じて東京での生活感やお客様のニーズを深く理解できたからこそ、地方の宿で同じように美しい割烹料理を提示しても意味がないと気づきました。高級店の手法を真似るのではなく、地元ならではの獲れたての魚をダイレクトに味わってもらうという「真逆のアプローチ」こそが求められているのだと学んだのです。
ーーその後、21歳で家業に入られてからは、どのようなご経験をされたのでしょうか。
蛭田憲市:
家業の民宿を手伝いながら、オフシーズンには日雇いなどさまざまな仕事に従事しました。その合間にお金を貯めては、バリ島などへバックパッカーとして旅に出ていたのです。そこで体験したリゾート空間のデザインや空気感は、後の宿づくりの大きなインスピレーションになっています。
さらに、運営していた宿で借りていた駐車場の地主から突然返還を求められるという土地のトラブルをきっかけに、不動産知識の必要性を痛感したことから猛勉強しました。宅地建物取引士の資格を取得し、この時に得た知識は現在の自社における低コストな物件仕入れとリノベーションの礎となっています。
常識を覆すコンセプト宿の成功と、ピンチを生かす逆張り戦略

ーー不動産の知識や過去のご経験は、実際の宿づくりにどう生かされたのですか。
蛭田憲市:
オフシーズンの平日における宿泊客のほとんどが2名利用であることに着目し、ターゲットを2名客に絞り込んだ「お宿 ひるた」をオープンしました。限られた予算の中でリノベーションを行い、お二人が心地よく過ごせる空間づくりを徹底的に追求したのです。あえてターゲットを絞り込む決断をしましたが、その分、可愛い下駄を用意したり、夏には手持ち花火を無料で提供したりと、最大限喜ばれる工夫を凝らしました。結果としてこのコンセプトが大きな反響を呼び、稼働率90%超えを実現することができました。
ーーその後のコロナ禍という未曾有の危機は、どのように乗り越えましたか。
蛭田憲市:
コロナ禍は多くの宿泊施設にとって試練でしたが、私はこれを好機と捉えました。他社が採用を控える中、私たちは逆張り戦略で優秀なホテルマンや板前を積極的に採用し、店舗の拡大に踏み切ったのです。資金調達も積極的に行い、コロナ前と比べて売上高が3倍に伸びるほどの飛躍を遂げました。この時期に確保した優秀な人材と、練り上げたコンセプト宿の仕組みが、現在の成長を支える強力な基盤となっています。
「一客一亭」モデルと、未来へ向けた組織のフェーズ移行
ーー現在展開されている、新しいビジネスモデルについて教えてください。
蛭田憲市:
「一客一亭」という、究極のプライベート空間を提供する新しいモデルをスタートさせています。専属のバトラーがお客様の目の前で伊勢海老や上質なお肉などの厳選食材を鉄板で焼き上げたり、揚げたての天ぷらや握りたてのお寿司を振る舞ったりする、完全貸切の特別空間です。都内の再建築不可物件などを独自のノウハウで再生し、初期投資を抑えることで高い満足度を実現しています。
また、このモデルでは業務委託による独自の「女将制度」を導入し、シングルマザーなどの働き手が子育てと両立しながら自分らしく力を発揮できる仕組みを整備しました。利益をしっかりと還元してスタッフのモチベーションが極大化することで、お客様へのサービス向上にも直結しています。
ーー最後に、今後の展望とこれから求める人材像について教えてください。
蛭田憲市:
第一に激戦区である箱根へ進出し、歴史ある中堅旅館の経営を引き継ぐ形で独自のコンセプト宿を立ち上げます。第二に千葉・鋸南町エリアの海沿いの土地を集約し、サウナやビーチクラブを展開する計画です。富裕層がクルーザーで訪れるような「大人のビーチ」として再定義する壮大なプロジェクト、そして「一客一亭」モデルの都内および全国展開を進めていきます。これらの事業を飛躍させるため、これまでの私の「個の力」に頼る段階から、「組織の仕組みづくり」へとフェーズを移行しています。これからの変革期をともに楽しみ、自律的に動ける優秀な方々と一緒に、世の中へ新たなインパクトを与えていきたいですね。
編集後記
過酷な板前修業やさまざまな現場での経験を糧に、独自の嗅覚で宿泊業界の常識を打ち破ってきた蛭田社長。その言葉の端々からは、逆境を楽しむような力強さと、顧客満足をとことん追求する熱いエネルギーがひしひしと伝わってきた。圧倒的な行動力で描かれる「大人のビーチ」構想や、働き手の幸せをも両立する新たなビジネスモデルは、これからのリゾートのあり方を根本から変える可能性を秘めていると感じた。

蛭田憲市/1967年生まれ。千葉県安房郡鋸南町で民宿の子として育ち、2001年に家業の民宿を継承。遊休資産と地域資源を活用して積極的な事業拡大を行い、鋸南町を拠点に10の宿泊施設とサウナカフェ、ビーチクラブを展開。2025年9月には経済産業省の「100億宣言」の成長戦略を発表し、鋸南発の宿泊モデル事業の全国展開を進めている。無類の愛犬家で、犬が飼い主と一緒に主役になれるドッグファーストホテル「DANQOO」を愛犬ミニチュアシュナウザーとともに開発。ホテル名は愛犬の名前「ダン」に由来し、ホテルのロゴも愛犬をデザインしている。趣味は釣り、サーフィン、バイク、車。座右の銘は「和をもって尊し」。全国24の旅館が加盟する独立経営の小規模旅館の集まり「一の宿倶楽部」の代表も務める。