
創業108年という長い歴史を持ち、北陸の地でお菓子づくりを続けてきた北陸製菓株式会社。初代から6代目まで一度も血縁で経営が引き継がれたことがなく、代々の情熱と努力によってバトンがつながれてきた歴史を持つ。そんな老舗の8代目に就任した代表取締役社長の髙﨑憲親氏は、1970年の発売以来、北陸で長く愛され続けている揚げあられ「ビーバー」というブランドのIP化や最新鋭工場の建設、海外展開など、次々と革新的な取り組みを打ち出している。「日本で最も影響力のある米菓メーカー」を目指すリーダーに、事業にかける思いと未来へのビジョンを聞いた。
自社への深い理解から芽生えた「活躍したい」という決意
ーーまずは、貴社に入社された経緯をお聞かせください。
髙﨑憲親:
入社を決意したのは、大学生のときに父の海外出張へ同行し、自社の可能性に触発されたことがきっかけです。 当時、父から「アジアを中心に海外進出を考えている。中国のビジネスでは互いの家族を見せ合うことが信頼につながるから、一緒についてきてほしい」と連絡を受けました。入社を勧められたわけではなく、あくまでビジネス上の同行です。
そこで私は「父親の顔を潰すわけにはいかない」と考え、自ら北陸製菓の歴史や事業内容を細かく調べました。そして自社を深く知ったうえで海外出張へ同行した際、仕事の新鮮さに触れて自分の中でスイッチが入ったのです。北陸製菓が持つ可能性を実感し「この会社で活躍したい」という強い思いが芽生えたため、大学卒業後、入社を決めました。入社後は、まず2年間の工場勤務を経験し、そこから営業・商品企画の部署へ移動した後に代表に就任しました。
企業理念を体現する「ビーバー」IP化への舵切り

ーー代表就任時は、どのような課題感を持って業務にあたりましたか。
髙﨑憲親:
会社名より先に商品名が出るくらいの強いブランドをつくらなければ生き残れないと、強い課題感を抱いていました。当社は108年続く会社ですが、初代から6代目までは一度も血縁で経営がつながったことがありません。諸先輩方が代々の努力でバトンをつないできた会社であり、7代目に私の父(現会長)が就任したことで、初めて髙﨑家として経営が引き継がれ、私がその後を8代目として継いだ経緯があります。
先代の時代はひたすら足を使って営業し、美味しいお菓子を皆様に届けて発展させてきましたが、変化の激しい現代において自社が勝ち残るには唯一無二の強みが必要です。「美味しいお菓子を適正な価値で市場に提供し、一人でも多くのお客様に笑顔を届けます」といった理念のもと、長年培ってきたお菓子づくりの技術が詰まった「美味しさ」には絶対の自信があり、これからも妥協なく追求し続けます。
またその上で、いかにしてより多くの「笑顔」を届けていくかという課題にも向き合いました。その結果、私の代ならではの挑戦としてたどり着いたのが「ビーバー」ブランドのIP化です。

ーー数ある商品の中で、なぜ「ビーバー」に着目されたのでしょうか。
髙﨑憲親:
「ビーバー」は1970年の誕生以来、半世紀以上愛されてきた地元では知名度のあるブランドです。しかし、過去に製造を引き継いだ2社が廃業するなど数々の曲折を経ており、私たちが一から開発した商品ではありませんでした。私が代表に就任した当時、自社における売上高比率は全体の5%前後に過ぎず、20代などの若年層にはほとんど知られていない存在だったのです。
しかし、長年地域で愛されてきた「キャラクター性」や「愛着」といった情緒的価値は、他社には決して真似できないものだとその価値を再認識しました。価格や内容量といった「言語中心」、味や食感による「味覚中心のコミュニケーション」から、キャラクターを通じた「視覚中心のコミュニケーション」へ転換し、IPとして確立する。それこそが、若年層や全国、ひいては世界へブランドを届けるための唯一無二の切り札になると確信し、一気に舵を切ったのです。
現在は「ビーバー」のIPを活用し、アパレル企業やディスカウントストアでの展開、カプセルトイ、アミューズメント景品、コラボ商品など、ありとあらゆる形で笑顔を届ける取り組みをしています。また、意思決定のスピードを極限まで早め、素早く決断することで、お客様やパートナー企業を待たせない姿勢も徹底しています。
北陸の素材と地域連携が生み出す圧倒的な独自性


ーー他社との差別化や地域での評価についてどのように捉えていますか。
髙﨑憲親:
北陸の素材をできる限り使用し、全国や世界へ届けるというこだわりがあります。もち米は北陸3県のものだけを使用し、白えび味やカニ味、のどぐろ味といった地域性あふれる商品を展開しています。また、地元素材を用いた味や他企業とのコラボレーション、人気IPとの取り組みも積極的に行っていて、15歳以下のバスケットボールチームの応援や「ビーバーカップ」という大会の開催など、スポーツを通じた地域貢献にも力を入れています。
こうした取り組みの積み重ねにより、現在は大手メーカーがしのぎを削るお菓子売り場においても、北陸3県においてはトップのシェアと圧倒的な地位を確立できています。子どもたちが街で「あ、ビーバーだ!」と喜んでくれる姿は、私たちが理念を体現できている証だと感じています。
影響力ある米菓メーカーを目指し、海外展開を一気に加速
ーー将来に向けてどのような企業像を目指していますか。
髙﨑憲親:
日本で最も売り上げの高い米菓メーカーではなく、日本で最も影響力のある米菓メーカーになることを目指しています。スマートフォン業界でいえばiPhone、コーヒー業界でいえばスターバックスのごとく、売り上げの規模に関わらず「米菓といえば北陸製菓だよね」「こういう楽しみ方があるよね」と皆様に認知され、業界のベースをつくっていくブランドを確立したいと考えています。具体的な認定基準があるわけではありませんが、そのような圧倒的な影響力を持つブランドをめがけていきたいと強い思いを抱いています。
ーービジョン実現に向けた今後の具体的な取り組みについて聞かせてください。
髙﨑憲親:
大きな取り組みは、「ビーバー」の海外輸出を一気に加速させることです。現在、ビスケットやクッキーはアジアを中心に16カ国へ輸出していますが、「ビーバー」の本格的な海外進出はこれからです。今後、計画する新工場には、画像認識技術による品質チェック機能やスペックの高い検品設備など、最先端の製造工程を導入したいと考えています。これにより生産能力は現在の3倍から4倍へと大幅に拡大し、長年悩まされてきた生産能力の限界を解消できます。
近年、世界的に健康意識が高まる中で、お米からつくられる米菓への注目は非常に高まっています。日本の美味しいお米のお菓子と、「ビーバー」という愛されるキャラクターIPを携え、世界中の人々に笑顔と美味しさを届けていきます。

ーー最後に、今後の事業展開に向けた意気込みをお聞かせください。
髙﨑憲親:
日本で最も影響力のある米菓メーカーを目指し、その看板を背負って世界へと果敢にチャレンジしていきます。108年の歴史にあぐらをかくことなく、常に新しい価値と笑顔を世界中の皆様へ届け続ける存在でありたいと思っています。日本のお米のお菓子の美味しさをIPの力とともに広め、世界中の人々を喜ばせることが私の率直な願いです。
編集後記
強く心に残ったのは、伝統の重みとしなやかな改革精神が見事に調和した髙﨑社長の熱い情熱だ。「売上高の規模ではなく、新たな楽しみ方を切り拓く存在になる」という言葉には、これまでの米菓業界の枠組みを打ち破る力強いエネルギーがみなぎっていた。北陸を背負ってキャラクターIPを掲げ、最新テクノロジーとともに世界へと羽ばたく「ビーバー」。これから世界中の人々にどんな笑顔を咲かせていくのか、期待に胸が高鳴る。

髙﨑憲親/1992年7月、石川県生まれ。2015年3月、東海大学卒業。2015年4月、北陸製菓株式会社へ入社。2018年12月、代表取締役社長に就任。