
大学卒業後、別の運送会社での下積みを経て、家業である日隆産業株式会社に入った谷峰範氏。現場からの懐疑的な視線を、自らの行動と実績で信頼へと変え、「当たり前のことを当たり前にできる会社」を目指して組織改革を主導してきた。現在は幅広い業界の物流を担うことで強固な経営基盤を築き、社会のライフラインを守り続けている。「できない理由ではなく、できる方法を考える」という信念のもとに変貌を遂げてきた同社。その成長の軌跡と未来への展望に迫った。
他社での下積みから学んだ「できる方法を考える」姿勢
ーーまずは、これまでのご経歴から教えていただけますか。
谷峰範:
大学卒業後、家業とは別の運送会社で5年間勤務していました。1年目はトラックに乗務し、その後2年目からは総合職として業績改善プロジェクトに抜擢されています。当時はドライバーとしての経験しかなく、各営業所の運営状況や物流管理といった「拠点ごとの実態」は全く知らない状態でしたが、中部から北関東まで全国の営業所を回り、各拠点の立て直しを図る役割を担いました。
ーー現場をまとめる上でどのような苦労がありましたか。
谷峰範:
最初の頃は、20代の若手社員がいきなり指示を出しても、現場の所長たちは簡単には耳を貸してくれませんでした。毎朝所長に前日の報告を行い、問題点を洗い出して実行の号令をかけていただく手順を踏みつつ、自分自身も現場に入りました。その後は現場で様子を見て報告を繰り返し、上司が帰った後も現場に残って仕事をしていました。そうした私の姿を営業所の皆さんが見ており、「2年目で何もわかっていないけれど、あいつなりに頑張っているから」と、2ヶ月ほど経つと周囲の態度が変わり、次第に協力して動いてくれるようになったのです。
この経験から「やれない理由ではなく、やるための方策を考える」という姿勢を学ぶことができました。「経験したことがないからできない」と言うのは簡単ですが、その瞬間に自分への責任がなくなり、可能性の道が閉ざされてしまいます。現場の問題をどうすれば解決できるかを考え抜いた経験が、現在の経営の考え方の原点になっています。
現場の冷ややかな視線を信頼へ 「当たり前」を貫く組織づくり
ーー家業に入った当初の社内の雰囲気はいかがでしたか。
谷峰範:
前職で5年間勤めた後、2009年に家業に入ったのですが、当初は周りが小さい頃から知っているベテラン社員ばかりだったこともあり、「手並みを拝見しよう」と現場から試されているように感じていました。そもそも私がいなくても回っていた会社であり、特別な役割が用意されていたわけではありません。そこで、まずは仕事を覚えるために電話応対から始め、目の前の業務を必死にこなす日々を送りました。さらに周囲に認めてもらうべく、前職の人脈を活かして自ら新しい仕事を取りに行ったのです。言葉で偉そうなことを言うのではなく、自ら売上をつくって背中で示すことで、少しずつ信頼を獲得していきました。
ーーその後、どのように組織を変えていったのですか。
谷峰範:
当時の社内は挨拶をしない人がいたり、不満や責任転嫁が横行したりする古い体質だったため、強い危機感を覚えました。そこで「当たり前のことを当たり前にできる会社」を目指し、まずは私自身が誰よりも率先して挨拶を行い、不満が出た際には「誰かのせいにするのではなく、どうすれば解決できるか」を現場と一緒になって考え抜くようにしました。初めは反発も招きましたが、口先だけでなく自らの行動で示し、根気強く対話を重ねた結果、現在では社員が主体的にディスカッションし、ともに学び合う組織へと変貌を遂げています。
さらに、幹部の意識改革にも取り組んでいきました。各営業所の所長などに損益計算書を公開し、現場のトップが自部門の収支やコストを正確に把握する体制へと変更したのです。会社全体のお金の動きを隠さず共有することで、経営参画への意識が芽生え、ともに組織をつくる一体感が生まれています。
多様な事業展開と社員を守る柔軟な配置

ーー貴社の事業における強みを教えてください。
谷峰範:
営業所ごとに扱う商材や働き方が全く異なる点です。弊社は、24時間稼働しているコンビニへの食品配送をはじめ、シェアサイクルの再配置、スーパーの個人宅への配送、ATM機器の輸送、搬入搬出作業など、多種多様な業界のお客様とお取引をさせていただいています。このように幅広い業界のお客様とお取引を行い、一つの業界に依存しない体制を築いていることが、会社としての大きなリスク分散につながっています。事実、コロナショックのように特定の業界が大きな打撃を受けた有事の際にも、この体制がしっかりと機能したことで、事業基盤が揺らぐことはありませんでした。
ーー事業の多様性は、社員の働き方にも良い影響を与えているのでしょうか。
谷峰範:
社員が長く働ける環境を用意できるという点で良い影響があります。以前、股関節の病気で重い荷物が持てなくなり、退職を申し出てきた社員がいましたが、労働負荷の少ない全く別の業務を行う営業所への異動を提案し、今でも元気に活躍してくれています。体力的な不安が出ても、柔軟な配置で働き続けられる仕組みが弊社の強みですね。
日常のライフラインを守り社会へ還元する
ーー柔軟な働き方を提供し続けるために、事業展開において意識していることはありますか。
谷峰範:
社会的意義のある仕事を創出することです。こうした仕事は、社員の働きがいや雇用確保にもつながると考えています。たとえば、泉州(大阪府南西部)野菜の配送なども行っています。直接的な利益は薄いかもしれませんが、農家や販売所の方から非常に感謝される仕事です。そうした感謝の言葉が社員の働きがいになりますし、体力に不安のある社員の雇用確保にも役立っていますね。
ーー社会や社員への還元に対する思いを教えてください。
谷峰範:
「余裕があるうちに挑戦し、余裕がないことをやる」というのが私たちのスタンスです。儲かることだけを追い求めるのではなく、社会と社員の双方に還元できる事業を展開していきたいと考えています。社員が一生懸命働いて「ここで成長できた」と実感できる会社であり続けたいという思いが根底にあります。
ーー今後、会社をどのように成長させていきたいとお考えですか。
谷峰範:
「既存事業の延長線上にある価値」を重視して成長していきたいですね。変化の激しいこの時代に、無理な中長期目標を掲げて背伸びをするつもりはありません。私たちが運んでいるのは、スーパーの食材やコンビニの商品など、人々の当たり前の日常です。災害時であっても時間をずらして配送を止めず、その日常のライフラインを守り続けることに、強い誇りを持っています。これからも社会の「当たり前」を支え続ける企業として、社員とともに着実な歩みを進めていきます。
編集後記
古き良き家業の基盤を受け継ぎながら、損益計算書の公開による透明性の高い経営や、社員一人ひとりに寄り添う柔軟な事業配置など、時代に即した組織づくりを推し進めてきた谷社長。その根底に流れているのは、「日常の当たり前を守る」という強い使命感と、縁あった社員を最後まで見捨てないという深い愛情である。地域社会のライフラインを支えながら、利益と社会的意義の双方を追求する同社の真摯な歩みと挑戦は、これからも続いていく。

谷峰範/1978年、大阪府生まれ。2004年、関西大学卒業。同年4月に西濃運輸株式会社へ入社。5年後の2009年に事業継承のために日隆運輸株式会社へ入社。現在は同社の取締役、グループ会社である日隆産業株式会社、株式会社フジタカの代表取締役を兼任。