
1958年の創業以来、工場などで使われる「ガス気化器」の老舗メーカーとして国内シェア50%を誇るカグラベーパーテック株式会社。大手企業を経て同社に入社し、中国法人での立て直しを経験したのが、現代表取締役社長の玉井康裕氏だ。現在、同社はかつてのトップダウン経営から脱却し、「やってみなはれ」の精神で次世代リーダーを育成する自律型組織への変革を進めている。創業70周年を見据え、環境事業や新たな健康事業へと歩みを進める同氏に、逆境を乗り越えたものづくりへの執念と、未来へ向けた組織づくりの全貌を聞いた。
撤退の危機を乗り越えた執念とシェア50%を支える誠実なものづくり
ーーまずは、これまでの経歴をお聞かせいただけますか。
玉井康裕:
大学卒業後、大手企業でシステム関連の仕事をしていました。その後、創業者である父から声をかけられ、兄とともに弊社へ入社したのです。入社後は工場での資材担当や国内営業に携わり、2009年からは中国法人の社長にあたる「総経理」として赴任しました。
赴任当時は、まさに逆境の連続でした。中国市場でLPガスから天然ガスへの急激な転換が起こり、主力だったLPガス気化器がまったく売れなくなってしまったのです。家賃や人件費も高騰し、周囲からは撤退の声もあがりましたが、20年以上続く歴史ある工場をつぶすわけにはいきません。従来の代理店任せから、日系企業への直接アプローチへと営業手法を切り替えました。さらに、現地の粗悪な製品や危険な使用方法に頼っていたローカル企業に対しても、安全で高品質な気化器を粘り強く提案し、市場を開拓することで危機を乗り越えることができたのです。
ーー貴社の製品は国内トップクラスのシェアを獲得していますが、その背景は何ですか。
玉井康裕:
小型のベーパーライザー(気化器)「ミニマム」の開発です。コストもサイズも従来の半分に抑えたこの製品が大ヒットし、20%程度だったシェアが一気に50%まで拡大しました。しかし、製品をコンパクトにしすぎたゆえの弱点もありました。ヒーターに負荷がかかりやすく、トラブルが発生しやすかったのです。
それでも私たちは現状に甘んじることなく、お客様の声に真摯に耳を傾けて改良に着手しました。そうして生み出した製品が「アスリート」です。この製品は販売開始以来、大きなクレームが一件もなく、今年ついに累計1万台を突破しました。こうした「ごまかさない誠実なものづくり」が、現在のお客様からの信頼につながっています。
「やってみなはれ」で挑むボトムアップのチーム経営

ーー現在、社内ではどのような組織変革に取り組んでいますか。
玉井康裕:
現場からの意見を大切にする「チーム経営」への変革です。前社長である兄の時代は、トップダウンでの指示出しや、外部からの人材登用が中心でした。そのため、社員は「上が決めたことをやる」という受け身の姿勢になりがちだったのです。しかし、これからの時代は自分で考え、提案できる人材が欠かせません。そこで現在は、生え抜きの社員を中心に執行役員制度を整え、ボトムアップで次世代リーダーを育成することに注力しています。
ーー社員の方々が自発的に動けるように工夫していることを教えてください。
玉井康裕:
「やってみなはれ」と「フェイルファースト(失敗から学ぶ)」の精神を掲げています。これまでは、失敗を恐れて新しい挑戦に消極的な空気が社内にありました。そのため、「失敗してもいいから、まずはやってみよう」と社員の背中を押しているのです。風通しの良い環境を整え、社員が何でも言い合える空気をつくること。それが自律的な組織への第一歩だと考えています。
ーーそのような組織づくりを進める中で、新たな経営理念や行動指針も策定されたとうかがいました。
玉井康裕:
この度の組織のアップデートに伴い、新たな経営理念を策定しました。「私たちは顧客、社員とその家族を第一に考え、時代の変化に柔軟に対応し、最適なサービスを提供することで社会に貢献し続けます」というものです。
顧客はもちろんのこと、社員とその家族が幸せでなければ会社の発展は望めないという強い思いがあります。時代とともに世の中のニーズは変化していきますが、それを的確にとらえ最適なサービスを提供することで、これからの100年先も発展を続けられると考えました。
また、かつて社員たちによって作成された「カグライズム」という行動指針があったのですが、今見ても非常に良くできていたため、一部を刷新し「新カグライズム(行動指針)」として復活させました。具体的には以下の7つです。
1. 挑戦を続けます。チャレンジすることは明るい未来を創るから。
2. 積極的に発言します。たとえ間違っていても決して無駄にはならないから。
3. あったらいいなを探し続けます。「驚きを与えるアイデア」はそこから生まれるから。
4. 協力を惜しみません。力を合わせればともに成長できるから。
5. 小さな一言に耳を傾けます。それが目指すところへの道しるべになるから。
6. いつも基本に忠実に。結局それが早道だから。
7. 簡単には妥協しません。プロとしての誇りがあるから。
なお、MVV(Mission・Vision・Values)に関しては、過去のものも参考にして、70周年を機に改めて発表したいと考えています。
70周年に向けた「環境」と「健康」への新たな挑戦
ーー創業70周年に向けて、どのような事業展開を描いていますか。
玉井康裕:
既存のガス事業において、天然ガスへの対応をさらに強化していきます。また、海外展開にも力を入れています。最近では、国際協力機構(JICA)の中小企業向け「普及・実証ビジネス化事業(タンザニアプロジェクト)」に採択され、弊社の製品が採用されました。これは薪からガスへの転換を促す取り組みです。これを足がかりに、東アフリカなどへの横展開を進め、海外での売上高の規模を拡大したいと考えています。
ーー最後に、今後の飛躍に向けた新たな挑戦についてお聞かせください。
玉井康裕:
環境のテーマに次ぐ新たな柱として「健康」に着目し、2026年4月に「健康事業準備室」を立ち上げました。具体的には、水素水サーバーや水素吸引器など健康関連機器を取り扱う事業で、香港やシンガポールといったアジア圏に向けて展開し始めているところです。ガス業界全体が縮小していく中、既存の枠にとらわれない第三の柱を育てる必要があります。この水素ビジネスの挑戦を通じて、次の時代にも生き残る強い企業をつくり上げていきます。
編集後記
中国での撤退危機や製品の弱点など、困難な状況から決して逃げずに真正面から乗り越えてきた玉井氏。その根底には、ものづくりへの誠実さと、会社と社員を守り抜く強い責任感がある。失敗してもいいから「やってみなはれ」という言葉は、自身が幾多の挑戦と苦労を重ねてきたからこそ、深い説得力を持つ。創業70周年に向け、「環境」と「健康」という新たなフィールドに挑む同社の飛躍が楽しみだ。

玉井康裕/1963年兵庫県生まれ、同志社大学商学部卒業。株式会社日立製作所を経て、2年半後に株式会社神楽製作所(現・カグラべーパーテック株式会社)に入社。2025年に代表取締役社長に就任。