
和歌山県橋本市で温浴・宿泊施設を展開する株式会社重岡。同社が運営する1987年創業の「橋本健康ランドゆの里」は、水が出ないと断言された場所から奇跡的に湧き出た地下水を活かし、広告宣伝なしで全国からリピーターを集めている。現在では施設内に水と光の関係性を探る世界初のアクアフォトミクス研究所を構え、独自のプロダクト開発や海外との共同研究も行う。神秘的な水の力を科学し次世代へ繋ぐ重岡昌吾社長に、これまでの歩みと未来へのビジョンをうかがった。
母の閃きから始まった奇跡の湧水と決断
ーーまずは、これまでのご経歴と創業のきっかけについて教えてください。
重岡昌吾:
もともと私の実家は、今とは全く別の織物業を営んでいました。私自身、当時はその事業を継ぐつもりだったので、大学は経営学部に行くなど、将来に向けて準備を進めていました。しかし在学中だった1987年に、突然母が「これからは自分で健康を守る時代になる」と健康ランドの立ち上げを構想し始めたのです。
ただ、当初は父から猛反対を受けたり、専門家に地下水の調査を依頼しても「施設を運営できるほどの水は見込めない」と断言されるなど紆余曲折がありました。それでも、母は諦めずに場所を指定して掘削を強行していったのです。そんな折、橋本市で地震が発生したのですが、直後に母が「今の地震は、私に水を与えるために起こったものだ」と言いました。そこで、汲み上げてもらうと良質な水が湧き出たのです。それを機に運営の目処が立ち、私は断る間もなく創業に参画し、母を手伝うことになりました。
ーーその後、どのようにして「ゆの里」の運営に注力されることになったのでしょうか。
重岡昌吾:
創業から半年後、父が他界して家業である織物業か温浴施設かの選択を迫られました。当時はバブル絶頂期で施設を高く買い取る話もあり、一度は織物業に専念しようと傾いていたのです。しかし不思議な話ですが、訪れていた山伏の方から「ここは高野山開創前から聖地だったところだ。大きな役割があるから諦めないでほしい」と説得されました。母と共に尽力してくれた若いスタッフたちの存在もあり、織物業を縮小して「ゆの里」へ注力する決断を下しました。
ーー施設を運営される中で、水に関する新たな発見はありましたか。
重岡昌吾:
湧き出た水でお風呂を提供していると、やけどやアトピーにお悩みのお客様から「すごく楽になる」と口コミが広がり始めました。その後、新たに温泉も掘り当て、1995年にはミネラルウォーター「月のしずく」を発売しました。この水を評価してくださる研究者が増え、2005年には神戸大学の教授との出会いが生まれ、そこから構造を読み解く共同研究へとつながっていきました。
自然の恵みを科学する世界初の研究所と独自の事業展開

ーー改めて、現在手がけている事業や独自に開発されている商品などについて教えていただけますか。
重岡昌吾:
現在は、敷地内で湧く成分の異なる3種類の水(金水、銀水、銅水)をブレンドし、温浴施設や宿泊施設の運営にとどまらず、化粧品や食品の開発・販売を自社で展開しています。たとえば、乳酸菌と最も相性の良い水を使った豆乳ヨーグルトや、クラフトビールなどです。売上比率としては、温浴・宿泊事業と、ECなどを通じたプロダクト販売で約半々となっています。
ーー宿泊施設は高い稼働率を維持されているそうですが、その秘訣は何でしょうか。
重岡昌吾:
創業者の母の教えにより、広告宣伝費はかけず、純粋な口コミのみで全国からリピーターを集め、宿泊施設は90%以上の高い稼働率を維持しています。3世代で通ってくださる方などもいらっしゃるのです。期待を持って足を運んでくださるお客様を裏切らないよう、水質を徹底してモニタリングし、常に最高の状態で提供し続ける姿勢が支持につながっていると考えています。
ーー施設内に研究所を構えているとのことですが、どのような研究をされているのですか。
重岡昌吾:
水と光の関係性を読み解く「アクアフォトミクス」という科学分野に特化した、世界初の研究所を構えています。水の構造を知る基礎研究をはじめ、微生物の働きを高める水の条件や、化粧品・食品への応用などを解析しているのです。現在、海外の研究者も複数名在籍して共同研究を行っており、目に見えない水の振る舞いを科学的データとして可視化し、事業に活かしています。
水から広がる地域共生と 次世代を見据えた組織づくり
ーー今後、新たな商品開発や事業展開についてどのような構想をお持ちですか。
重岡昌吾:
単に商品を販売するだけでなく、研究・教育・体験の3つをセットにして、水の正しい振る舞いや理解を国内外に広めていきたいと考えています。また、ラボの設備を活かし、和歌山県産の山椒など地元の農作物から植物生体水のみを抽出し、ビールなどの新しい商品開発に結びつけて地域と共に喜べる事業展開を目指す方針です。
ーー組織づくりや次世代のリーダー育成についてのお考えをお聞かせください。
重岡昌吾:
長年複雑化していた温浴施設とホテルの会員システムを統合し、AIやDXを活用して顧客データの整理や解析を進めています。同時に人事評価制度なども見直しました。創業当時から支えてくれたメンバーと今の若手との間には世代間のギャップもありますが、自らやりたいことを見つけてチャレンジできる環境を整え、次世代のリーダーを育成していきたいですね。
編集後記
水が出ないと言われた土地からの奇跡の湧水。その神秘的な力を感覚だけで語るのではなく、最先端の科学で解き明かそうとする重岡社長の姿勢には深い探究心が滲み出ていた。広告費をかけていないにもかかわらず全国からリピーターが絶えない事実が、同社の提供価値の本質を物語っている。自然の恵みを尊び、地域と共生しながら新たな可能性に挑み続ける今後の展開に大いに期待したい。

重岡昌吾/1967年生まれ。大学在学中に天然温泉施設「ゆの里」の運営にかかわり、2015年より株式会社重岡の代表取締役に就任。「ゆの里」に湧く働きと役割が異なった3つのお水を通して、水の本質を探究。神戸大学のツェンコヴァ・ルミアナ教授との出会いを機に2011年より共同で研究する。2020年に世界初の研究開発施設「ゆの里アクアフォトミクスラボ」を建設。アクアフォトミクス国際学会理事。