
1946年の創設以来、出版事業にとどまらず、企業向け研修やセミナー、研究活動など多角的なアプローチで社会に貢献し続けている株式会社PHP研究所(以下、PHP研究所)。時代が目まぐるしく変化する現代において、創設者の松下幸之助氏が掲げた理念はどのように受け継がれているのだろうか。入社から長きにわたり現場の最前線で事業を牽引してきた代表取締役社長である瀬津要氏に、ものづくりにおける信念と、これからの時代に向けたコンテンツの展望についてうかがった。
「何のために」を問い続けるものづくりの原点
ーー貴社に入社後、ご自身の大きな学びにつながった出来事はどのようなものでしたか。
瀬津要:
PHP研究所には、間もなく創刊80周年を迎える月刊誌「PHP」という機関誌があります。入社して3年ほど経った頃、営業を担当していたときのことです。日々の業務が、会社の理念である「社会を良くする」という大きな目標に本当につながっているのか、焦りや悩みを抱えていました。ある日、仙台へ出張中の先輩から会社にコレクトコールの電話がかかってきたのです。電話をとり「PHP研究所です」と名乗ると、通信会社のオペレーターの方が一瞬息をのみ、先輩につなぐ前に「いつも楽しく拝読しています」と声をかけてくれたのです。業務外の会話が制限されている中で、思わず口に出してしまったのだと思います。私たちの仕事が確かに誰かに届き、喜ばれているのだと実感できた瞬間でした。一気に視界が晴れ、救われた思いがしました。
ーー長年ものづくりに携わる中で、最も重視されている信念についてお聞かせください。
瀬津要:
何事においても「何のために」という目的意識を持つことです。本やセミナーをつくること自体が目的ではありません。読んでくれた方、受講してくれた方にどのようなお役立ちを提供できるかが最も重要です。対象となるお客様によって、求めているものや抱えている課題感はそれぞれ異なります。それをどこまで深く理解し、本当の意味での課題解決につながる企画を生み出せるか。誰に向けて、何のためにものをつくるのかという原点については、常に徹底して問い続けるようにしています。
「企業は社会の公器」理念を体現する事業展開

ーー出版事業以外にも展開している、貴社ならではの取り組みについてうかがえますか。
瀬津要:
出版事業のほか、企業向けのセミナーや通信教育、創設者の幅広い哲学を深める研究本部も我々の大きな強みです。これらは別々の事業に見えますが、目的は共通しています。私たちが提供するコンテンツを通じて、一人ひとりが学び、成長する機会を創出することです。2026年7月に提供を開始した社会人学習のプラットフォーム「Biztopia(ビズトピア)」も、その一例です。創設者である松下幸之助から受け継いだ「人間は磨けば輝くダイヤモンドの原石である」という考え方のもと、知識やスキルだけでなく心の成長に役立つ書籍や研修プログラムを提供してきた基盤があったからこそ実現した事業だと自負しています。個人の成長が組織を良くし、ひいては社会全体の発展につながるという思いのもと、さまざまな手段で価値を提供しています。
ーー創設者である松下幸之助氏の教えの中で、今も大切にされている言葉は何でしょうか。
瀬津要:
「企業は社会の公器である」という言葉です。企業は法的には株主やオーナーの持ち物かもしれません。しかし、企業活動を行うには社会のインフラを活用し、社会の人材をお借りしなければなりません。つまり、企業は社会という公のものであるという教えです。ですから、企業活動を通じて社会に貢献し、お役立ちを提供しなければ存続することはできないと考えています。社会の役に立つものを提供するからこそ、お客様に振り向いていただけるのです。この考え方はすべての活動の根幹として非常に大切にしています。
チャンスは人が運んでくる 未来へつなぐ本への思い
ーー社会の役に立つという「利他の精神」を持ち続けるための秘訣を教えてください。
瀬津要:
誰かのために行動することは、結果的に自分自身に返ってくると捉えています。ビジネスにおいても、何か新しいことを始めようとしたとき、「誰に頼みたいか」と思い浮かべます。そのとき選ばれるのは、普段から周りを大切にし、人のために動ける人ではないでしょうか。チャンスは勝手にやってくるものではなく、人が運んでくるものです。だからこそ、自分の利益だけを優先するのではなく、相手の役に立つ価値を提供し続けることが大切です。それが長期的な信頼関係を生み、道を拓いていくのだと考えています。
ーー活字離れが危惧される中、改めて「本」への思いをお聞かせいただけますか。
瀬津要:
私自身、今日まで本から多くのことを学んできました。本は他人の経験や知見を垣間見ることができる、自分を形づくる栄養素のような有益な存在です。しかし、時代とともに人々のライフスタイルは変化しており、ただ本をつくるだけでは届きにくくなっています。本が持つ楽しさや価値をより多くの人に伝えるためには、認知方法を柔軟に変えていく必要があります。時代を超え、価値あるコンテンツが、一人でも多くの方の役に立てるように努めます。これからも変化を恐れず挑戦を続けていく決意です。
編集後記
「チャンスは人が運んでくる」。代表取締役社長の瀬津要氏の言葉には、長年現場で培われてきた確かな説得力が宿っていた。社会に価値を提供し続けることの難しさと尊さを知り尽くしているからこそ、株式会社PHP研究所のコンテンツは多くの人々の心を打ち、成長の糧となるのだろう。「企業は社会の公器」という揺るぎない信念を胸に、時代に合わせて形を変えながらも本質を届け続ける同社の姿勢。取材を通して感じたその飽くなき挑戦への熱量は、これからも新たな価値を生み出していくに違いない。

瀬津要/1963年、京都府京都市生まれ。京都産業大学法学部卒業。1986年に株式会社PHP研究所入社。個人および法人向け直販部門に携わり、2014年12月取締役、17年10月再販部門に移り執行役員、19年12月取締役常務執行役員、20年9月に代表取締役社長就任。2026年は創設80周年の記念事業に注力している。