※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

東京都日野市を拠点に、トラックの足回り部品やトランスミッションなどを手掛ける日野精機株式会社。70年以上の歴史を持つ同社は今、DX推進や治具の内製化による多品種少量生産体制の確立など、次々と革新を遂げている。牽引するのは、IT業界での経験を経て、三代目として家業を継いだ代表取締役社長の川俣英一氏だ。主要取引先で製造現場から調達までの全体像を学んだ修業期間を経て、いかにして古い製造業の常識を覆し、若手が躍動する組織文化をつくり上げているのか。同氏の軌跡と次世代のモノづくりにかける思いに迫る。

過酷なIT業界を経て100人の社員を守るため家業を継ぐ決意

ーーまずは、これまでの歩みと家業を継ぐことになった経緯を教えてください。

川俣英一:
当初は家業を継ぐつもりはなく、大学卒業後はIT企業に就職しました。しかし、当時は長時間の残業が当たり前という過酷な労働環境で、その結果、体を壊してしまい退職することになったのです。そんな状況の中で今後について考えていたとき、現会長である父から「お前が継がないなら、この会社はなくす」と迫られました。当時、会社には約100人の社員がおり、私の決断で彼らが路頭に迷うことだけは避けたいという思いから、覚悟を決めて家業に入りました。

ーー異業種からの転身となる中で、入社前にどのような準備をされたのでしょうか。

川俣英一:
製造業の知識が全くなかったため、入社前に弊社の主要取引先にお願いして、そこで6年半ほど勉強させていただきました。具体的には、現場での加工業務から始まり、機械保全、工務、調達と、さまざまな部署を1年ごとに経験していったのです。もちろん現場の専門職の方々の技術には敵いませんが、車がつくられ、部品が調達され、社内で決済が回っていくという全体像を学ぶことができました。このときにお客様の視点や経営の土台を肌で知ったことが、その後の大きな財産になっています。

SEの知見を生かしたDX推進と適正価格交渉への挑戦

ーー貴社に入社後、IT企業での知見はどのように生かされましたか。

川俣英一:
私が入社した当時、社内の実績管理はすべて紙面で行われており、スタッフが数時間残業してデータをまとめても、それを改善に生かすという発想がありませんでした。そこで現場にタブレットを導入し、実績データがリアルタイムに事務所へ飛ぶシステムを自作のプログラムで構築したのです。IT企業で必死に身につけた技術を無駄にしたくないという思いから、徹底したDX推進とデータ資産化に取り組みました。

ーーコロナ禍などの危機を乗り越えたご経験について教えていただけますか。

川俣英一:
コロナ禍や主要取引先の業務縮小が重なって仕事が半分以下に激減した際、長年据え置かれていた赤字部品の価格の見直しに迫られました。その場面で、蓄積してきた正確なデータが大きな力を発揮し、製造原価や稼働率の根拠を示しながら、理詰めで適正価格の交渉を進めることができました。また、些細な無駄を削減する改善活動も並行して行った結果、現在では本業での黒字化が見えるまでになっています。

ーー貴社のモノづくりにおける強みを教えてください。

川俣英一:
最大の強みは、部品を加工する際に固定する「治具」を自社で設計・製作できることです。一貫して行うことで初期費用を抑え、細かな設計変更にも柔軟に対応できる多品種少量生産体制を確立しています。最近はこの優位性を生かし、建機メーカーや限定生産の高級乗用車向けの部品製造という新たな領域にも挑戦し始めました。既存設備と治具を組み合わせることで、高精度な限定品でも専用ラインを構築せずに対応できるのです。

AI時代に光る「一生モノの技術」と新しい製造業のスタンダード

ーー社員がより働きやすくなるために工夫していることは何ですか。

川俣英一:
作業環境の快適化と、社員同士がフラットに意見を出し合える風通しの良い組織づくりの2点です。たとえば、13年前に群馬県に設立した新田工場は、アルミ加工の品質を保つために常に室温が28度以上に上がらないよう冷暖房を完備し、非常に快適な労働環境を整えています。また、同工場には20代の若手社員が多く、自分たちで意見を出し合って新しいルールをつくっていくという自律的な文化が根付いており、製造業に対する古いイメージを刷新された、若手がいきいきと働ける工場となっています。

ーー最後に、次世代のモノづくりを見据えた今後の注力テーマや展望をお聞かせください。

川俣英一:
今後は、ワンストップの多品種少量生産体制と治具内製の強みを最大限に活かし、トラック部品にとどまらず、先ほども少し話した高精度な高級車部品や需要が高まるアルミ部品など、新たな領域への挑戦をさらに加速させていきます。

また、受注の増加を見据え、来年には最先端の環境を整えた新田工場の大規模な増設を予定しており、若手が中心となって自分たちでつくり上げる「新しい製造業のスタンダード」を確立していきます。将来的には、属人化している生産計画やデータ集計にAIを導入しつつ、人間にしかできない「一生モノの技術」を磨ける環境を整え、次世代を担う社員がワクワクしながら成長し続けられる組織を目指していきたいですね。

編集後記

最も心を動かされたのは、困難から逃げず、社員を守り抜くという川俣社長の強い使命感だ。最新技術を駆使して合理化を推し進めながらも、その根底には常に「人」への温かい眼差しが存在している。AIが台頭するこれからの時代だからこそ、人の手による精緻な技術の価値はさらに高まっていくはずだ。若手社員たちが自ら考え、生き生きと躍動する同社の工場には、次世代の製造業が目指すべき明るい希望が満ちていた。

川俣英一/1984年、東京都生まれ。2007年に明治学院大学社会学部卒業後、2008年に株式会社アイネットにSEとして入社。2011年にアイネットを退職後、2012年〜2017年まで日野自動車株式会社の様々な部署でトラック業界の基礎を学ぶ。2017年に日野精機株式会社に入社し、日野自動車やSE時代の経験を生かし社内改善を行う。2025年5月に同社の代表取締役社長に就任。