※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

長野県の郷土食「おやき」の製造販売を手がけ、創業100周年を迎えた有限会社いろは堂。和菓子店から始まり、形を変えながら地域に愛され続けてきた同社は、2022年に体験型施設「OYAKI FARM」を開業するなど新たな挑戦を続けている。東京での異業種経験を経て2023年に社長に就任した伊藤拓宗氏は、先代までのトップダウンから組織主体の経営へ変革を推進。伝統を守りながら次の100年を見据える同氏に、未来へのビジョンをうかがった。

社会に出て知った家業の価値と「橋渡し役」としての覚悟

ーーまずは、これまでのご経歴と、家業を継ぐことになった経緯を教えてください。

伊藤拓宗:
私は家業の四代目にあたりますが、祖母から「将来は継ぐんだ」と幼い頃から刷り込まれて育ちました。しかし、20代の頃は都会でスマートに働くことに憧れがあり、大学卒業後は東京の企業に就職して営業職として働きました。新規開拓など地道な仕事も多く、お客様に振り向いてもらうことの難しさを痛感する日々でしたね。

その後、親からの声がけもあり長野へ戻ったのですが、自社の店舗に立ったとき、お客様が自ら足を運び、喜んでお金を払ってくださる姿を見て衝撃を受けました。外の世界を知ったことで、当たり前だと思っていた自社や商品の価値の大きさを、客観的に再認識することができました。

ーー他社でのご経験は、現在の経営にどのように活かされているのでしょうか。

伊藤拓宗:
一つの業界にとらわれず、広い視野で自社を客観視できるようになったことが大きいです。ずっと家業の中だけで育っていたら、井の中の蛙になっていたかもしれません。また、東京でマーケティングの基礎的な考え方を学べたことも、現在の戦略を練る上で役立っています。さまざまな情報や最先端の流行に触れた経験が、長野からどのように魅力を発信していくかを考える際のベースになっているのです。

ーー100年の歴史を持つ企業のトップとして、どのような使命感をお持ちですか。

伊藤拓宗:
私は自分自身を、会社を次の200年へとつなぐための「橋渡し役」だと捉えています。会社の長い歴史という時間軸で考えれば、私が経営を担う期間はほんのわずかです。その間に、受け取ったバトンをいかに良い状態で次の世代へ渡せるか。それが私の使命です。極端な言い方をすれば、自分の身を削ってでも会社を守り抜くという覚悟を持って、日々の経営に向き合っています。

守り抜く「創業の精神と品質」 そして独自のルーツが生む強み

ーー会社を変革していく中で、絶対に守り抜くと決めているものは何ですか。

伊藤拓宗:
「創業の精神性」と「品質」の2点です。時代に合わせて変えるべきところは大胆に変えていきますが、この根幹だけは決してブレません。製造過程において生産性や効率を求めることは必要ですが、コスト削減や価格維持のために、原料の質を落としたりサイズを小さくしたりするようなことは絶対にしません。品質を第一に守り、適正な価格でお客様に評価していただくという真っ当な姿勢を貫いています。

ーー貴社の「おやき」が長年お客様に愛され続けている理由は何でしょうか。

伊藤拓宗:
一般的なおやきとは異なる、独自のルーツから生まれた生地と焼き方です。弊社はもともと和菓子屋として創業し、その後パンや学校給食を手がけた歴史があります。そうした技術を組み合わせ、一度軽く揚げてから焼き上げるという独自の製法を生み出しました。また、新鮮な野菜を地元農家から仕入れるほか、信州大学と連携して新工場でも本店と同じ水質を再現するなど、美味しさを守るための徹底したこだわりが、お客様からの支持につながっているのだと思います。

自律的に動く組織への転換と 地域と共に生きる戦略

ーー先代から引き継ぎを経て、組織づくりや社内体制にはどのような変化がありましたか。

伊藤拓宗:
父の代まではトップダウンの傾向がありましたが、私はより組織的な経営へと舵を切りました。具体的には、社員への責任と権限の委譲を進め、人事評価制度を再構築しています。また、会議の種類や頻度を増やし、コミュニケーションの機会を拡大しました。私が細かく指示を出さないようにしたことで、現在では現場から「こういう問題があるから、こう改善したい」という提案が自然と上がってくる仕組みができあがりつつあります。

ーー今後の成長に向けて、どのような目標を掲げていますか。

伊藤拓宗:
3年から5年で、売上高を現在の1.5倍に伸ばすという目標を掲げています。その成長を支える土台として欠かせないのが、地域との共生です。私たちは「地域に根ざした信州を発信する企業」というビジョンを持っており、地域への還元や、地元の人々に愛される存在であり続けることこそが、最大の生存戦略だと考えています。地元の方々に日常的に利用していただき、「県外の方にもおすすめしたい」と言っていただけるような本物の価値を提供し続けたいです。

地上戦と空中戦で市場を開拓し 日本の「おやき」を世界へ

ーー地域を大切にされる一方で、今後どのように新しい市場を開拓していくお考えですか。

伊藤拓宗:
お土産や観光需要だけでなく、日常的な消費のシーンを広げていきたいですね。そのために、デジタルを活用した「空中戦」だけでなく、首都圏などでのポップアップストアやイベント出店といったリアルな「地上戦」を強化しています。待っているだけではなく、私たちが自ら出向き、商品を体験して知ってもらう地道な接点作りを行うことで、新たな市場を切り拓いていく決意です。

ーー海外市場への展開について、具体的にどのようなアプローチを想定されていますか。

伊藤拓宗:
アメリカやオーストラリアなどの市場には大きな可能性を感じています。おやきは野菜がたっぷりとれるヘルシーな食品ですので、海外のビーガン志向の方などにも非常にマッチするのです。課題となるのは、海外の食文化に合わせた味のローカライズと、おやき本来のアイデンティティをどう両立させるかという点です。このバランスを模索しながら、日本の伝統食であるおやきを世界に届けていきたいと考えています。

ーー最後に、共に環境をつくり上げていく仲間として、どのような人材を求めていますか。

伊藤拓宗:
決められた役割をこなすだけでなく、自分で考え、提案し、行動できる方に来ていただきたいですね。弊社の組織制度や環境はまだ完成しきっておらず、これから一緒に道を作っていける余白がたくさんあります。20代の社員には、部署横断のチームで地域の環境課題に取り組む企画を自発的に立案・実行してもらうなど、挑戦の機会も積極的に提供していく方針です。そうした環境を面白がり、会社の成長を共に楽しんでくれる方をお待ちしています。

編集後記

100年続く伝統企業の四代目として、大きなプレッシャーを抱えながらも「橋渡し役」としての自らの使命を冷静に分析する伊藤社長。外の世界を知ったからこそ再発見できた自社の強みを武器に、組織改革から海外展開まで多角的な挑戦を続ける姿勢が印象的だった。守るべき品質と変えるべき仕組みの境界線を明確に引き、地域と共に歩むその手腕が、次の100年に向けて「おやき」の可能性をどこまで広げていくのか、今後の展開から目が離せない。

伊藤拓宗/1985年、長野県生まれ。産業能率大学経営学部卒業。株式会社ニューポートに入社し、2年の修業を経て、有限会社いろは堂に入社。2023年に同社代表取締役社長に就任。さまざまな形でおやきの普及に取り組んでいる。