※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

カーエレクトロニクス業界のトップブランドとして知られるアルパイン。そのマーケティングを担うアルパインマーケティング株式会社は今、従来のメーカーモデルから脱却し、リテールやモビリティサービスを含む循環型事業への大きな変革期を迎えている。かつて業界のタブーを打ち破り、大画面ナビ「BIG X」を生み出した代表取締役の酒井龍哉氏に、これまでの歩みと顧客視点に立ったビジネスの真髄、そして未来に向けた挑戦について話を聞いた。

夜間大学とカー用品店のアルバイトから始まったキャリア

ーーまずは、貴社に入社された原点について教えてください。

酒井龍哉:
私は学生時代、夜間大学に通いながら昼間はカー用品店でアルバイトをしていました。学費を捻出するため、好待遇だったカー用品店で5年間にわたり勤務し、ピット作業から店頭販売まで幅広い業務を経験しました。そして就職活動の際、カーエレクトロニクスブランドの中でも高級路線で商品にこだわっているアルパインに憧れ、当時の子会社だった販売会社を受験したのです。実は一度不採用になったのですが、どうしても諦めきれずに再挑戦し、無事に入社することができました。

ーー入社後は、どのような業務を担当されたのですか。

酒井龍哉:
最初は九州で6年間、営業を担当しました。学生時代のアルバイトで培った商品知識や販売ノウハウがあったため、営業成績は非常に順調でした。店舗の方々とも共同で取り組みを行い、とても可愛がっていただきました。その後、組織再編に伴い2002年に東京へ転勤となり、そこからは広域営業や販売促進、マーケティングに携わるようになりました。

赤字事業の立て直しと「BIG X」誕生の舞台裏

ーーその後、どのような経緯で経営の根幹に関わるお仕事を任されるようになったのでしょうか。

酒井龍哉:
2006年から2008年までの3年間、商品企画開発のマネージャーを務めました。この時期が、私のキャリアの中で最もタフなターニングポイントでした。当時の国内市販事業は業績が低迷していたため、抜本的な構造改革が必要でした。私はまったく経験のない商品開発の立て直しを命じられたのです。それまでは完成した商品を売ることしか知らなかったため、開発にかかる費用や金型の仕組みなど、ものづくりの裏側をゼロから勉強する必要がありました。

ーーそのタフな状況の中で、どのようにして突破口を見出したのでしょうか。

酒井龍哉:
徹底的にお客様の気持ちになり、「なぜこの商品を買うのだろうか」と考え抜きました。当時はどのメーカーも機能競争に明け暮れており、ある先輩から「お金をかけずに売れる商品を考えろ」と指摘されました。そんな折、家電量販店でテレビを買うお客様が、機能を比較するのではなく「画面が大きいから」という理由で購入している姿を見たのです。

ーーその気づきから、具体的にどのようなアクションを起こしたのですか。

酒井龍哉:
カーナビも「画面の大きさ」で勝負できないかと考えたのです。当時のカーナビは7インチが限界と言われていましたが、車のパネル周りを専用設計することで8インチの搭載を可能にしました。業界では絶対に無理だと言われていたタブーでしたが、お客様の視点に立てば、画面が大きい方が絶対に喜ばれると確信していました。結果としてこの大画面ナビ「BIG X」は大ヒットし、私自身にとっても、制約条件を疑い、どうすれば実現できるかを考える大きな成功体験となりました。

市場環境の激変と、リテール事業へのシフト

ーーその後、市場環境が大きく変わる中、次の一手をどのように描いていたのでしょうか。

酒井龍哉:
新車にナビが標準装備されるようになり、さらにはすべての機能がスマートフォンに集約される時代が到来しました。わざわざカーナビを外してまで市販製品をつけていただくことは難しくなり、変えなくていいものがどんどん増えていくという強い危機感を抱いていました。カーエレクトロニクス製品はもちろん大切ですが、それ以外の事業の柱を育てなければならないと痛感したのです。

ーーそこで、新たな事業モデルへの転換を図られたのですか。

酒井龍哉:
従来のBtoBtoC中心のメーカーモデルから脱却し、お客様と直接接点を持つために、2017年からリテール事業に注力し始めました。直販やカスタマイズカーを提供する「ALPINE STYLE」などを立ち上げ、小売業へと足を踏み入れました。お客様を深く理解するためには、現場でお客様と直接向き合うリテールがすべての起点になると考えたからです。

新規事業が描く循環型ビジネスの未来

ーーリテール事業に加えて、現在注力されているモビリティサービスなどの新しい取り組みについて教えてください。

酒井龍哉:
新車や中古車のカスタマイズ販売だけでなく、お客様の移動を支えるための領域拡張を進めています。レンタカー事業では、車両を提供するだけでなく、事業者様が困っている予約や売上高を管理するシステムの開発、さらには約300店舗が加盟する集客サイトの構築まで手掛けています。また、海外支社と連携し、インバウンドのお客様が日本で安全に旅行を楽しめるようなサポート体制も構築しました。さらに行政やタクシー会社と連携した地域ライドシェアも展開しており、自社の社員が市役所の中に常駐して市職員と一緒に働いています。元々お客様相談室で電話対応をしていた彼が、今では現場で配車遅れなどのトラブルに直接駆けつけ、住民の方々の声に毎日耳を傾けています。

その結果、地域の方と非常に深い信頼関係が生まれ、地元の漁師さんから直接お魚を差し入れしていただくほど感謝されています。現場に飛び込み、相手の側に立つことで「ありがとう」が生まれるのだと実感した出来事でした。

ーーそうした多角的な事業展開において、核となる考え方はあるのでしょうか。

酒井龍哉:
売り切り型から循環型の事業へ切り替えていくことを目指しています。たとえば、中古車を単に「これでいい」と選ばれるものではなく、私たちがオーディオや内装、外装を徹底的に磨き上げ、「これがいい」とお客様に価値を感じていただける状態に生まれ変わらせて提供します。現存するものに新たな価値を吹き込むこの循環型の考え方を、全事業に浸透させていきたいと考えています。

顧客からの「ありがとう」を生み出すリーダーシップ哲学

ーー社長ご自身が、経営において最も大切にされている信念は何ですか。

酒井龍哉:
「Never the same(同じことをしない)」という哲学です。マーケティングを通してお客様が何を求めているかを深く理解し、アルパインにしかできない独自性か、他社よりも上手くできる差別化を追求することです。この2つの要素のどちらかがなければ、新しい挑戦をしてもお客様に価値を認めていただくことはできません。

ーー独自性と差別化を追求した先で、最終的に目指しているものは何ですか。

酒井龍哉:
やはり、お客様から「ありがとう」と言っていただくことですね。お金を払っていただいているにもかかわらず感謝される、これほど幸せなことはありません。価格だけではない価値を提供し、すべての事業でお客様から「ありがとう」と言っていただける企業でありたいと強く願っています。

ーー今後10年を見据えたとき、貴社はどのような存在になっていたいですか。

酒井龍哉:
単なる機器メーカーではなく、徹底したマーケティングを強みに「循環型社会に貢献する企業」として認知されたいですね。実際、老朽化した巨大な公園や、空き室が目立つ大規模な公団住宅の再生のプロジェクトにも参加してほしいといったご相談もいただいています。移動を起点としながら、あらゆるものを時代に合わせて生まれ変わらせ、お客様に喜んでもらえる企業を目指していきます。

ーーその武器となる貴社の「マーケティング」の真髄についてお聞かせください。

酒井龍哉:
私たちが考えるマーケティングとは、単にアンケートなどでVOC(顧客の声)を集めることではなく、現場へ赴き完全に「お客様の立場になりきる」ことです。この徹底した顧客理解と、現存する価値を掛け合わせることで、我々の事業領域は拡大しています。一見カーエレクトロニクスとは無関係に見えるご相談であっても、利用者の視点に立ち、どうすれば価値ある空間へと生まれ変わらせることができるかを考えるプロセスは、これまで我々がやってきたこととまったく同じなのです。

失敗を恐れず 「いっちょやったろか!」の情熱を求めて

ーーそうした未来を実現するために、組織づくりや人事面で工夫されていることはありますか。

酒井龍哉:
「早く実行、早く失敗、早く修正」という方針を掲げています。失敗する前に悩むのではなく、まずは実行し、失敗から学んで修正していく方が、結果的にお客様に喜ばれるスピードが上がります。この方針を後押しするため、雇用の枠組みを取り払う人事改革も行いました。たとえば、新しい挑戦がリスクにならないよう、地方で歩合制(コミッションセールス)で働いていた方々と話し合い、正社員になってもらいました。

また、社内の「事務職」という枠組みも廃止して全員を総合職へと転換し、スタッフ全員で車の査定士資格の取得に挑戦するなど、会社が変わるという意識を組織全体で共有しています。自ら「やりたい」と手を挙げた社員が活躍できる場は無数にあります。これまでTOEICを受けたこともなかったような社員が一から英語を猛勉強し、今ではインドネシアへ駐在して活き活きと働いている事例もあります。

ーーこれから採用において、どのような人材を求めていますか。

酒井龍哉:
「いっちょやったろか!」という情熱を持ち、主体的・能動的に動ける人です。お客様を喜ばせたい、社会に貢献したいという強い思いが何よりも大切です。弊社は仕事において「やるべきか、やれるか、やりたいか」の中で、「やりたい」という気持ちを一番尊重します。最後はやはり、本人の意志がなければ物事は進まないと考えているからです。

ーー入社後のキャリア形成については、どのようにお考えですか。

酒井龍哉:
弊社には、マーケティングから商品企画開発、海外事業、新規事業、事業管理、人事、総務経理まで幅広いフィールドがあります。最初からやりたいことが明確でなくても構いません。2025年からは「キャリア実現支援制度」を導入し、入社後に自分のやりたいことを見つけ、社内転職のようにキャリアを切り拓くことができる仕組みを整えました。変革期の会社だからこそチャンスは無数にあります。「やりたいことが実現できる会社」として、共に挑戦してくれる仲間をお待ちしています。

編集後記

逆境の中でも決してお客様の視点を失わず、業界の常識を覆してきた酒井社長。その言葉からは、自社の強みを客観的に分析し、時代に合わせて軽やかに変化していく経営者としての柔軟な姿勢がうかがえた。「早く実行し、早く失敗する」ことを推奨し、社員の挑戦を後押しする組織風土は、変革期にある同社にとって最大の推進力となるだろう。循環型事業のトップランナーとして、街の風景をも塗り替えていく同社の飛躍が楽しみだ。

酒井龍哉/1972年、福岡県生まれ。2025年、アルパインマーケティング株式会社代表取締役社長に就任。