
19歳で大手アミューズメント企業に入社し、店舗出店などに携わったのち、家業の電気工事会社へ転身した株式会社ハイテクノの廣田佳幸氏。リーマン・ショックによる危機の中、生き残りをかけて飛び込み営業に奔走し、そこで掴んだ案件からデザインや看板工事へと事業を拡大してきた。単なる施工に留まらず、クライアントの「集客」に直結するクリエイティブを追求し続ける廣田氏に、どん底から這い上がった軌跡と、次世代の経営者を育成する未来へのビジョンについてうかがった。
19歳での就職と 未曾有の危機から掴んだ事業拡大の糸口
ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。
廣田佳幸:
19歳の時に大手アミューズメント企業の子会社に入社し、店舗出店などの業務に10年間携わりました。29歳頃には独立を目標に退職し、父の個人事業であった「ヒロタ電子」へ兄とともに加わって、家族3人での経営をスタートさせています。当初は電気職人を志していたものの、折しもリーマン・ショックの時期と重なってまったく仕事がない状態に陥ってしまったため、職人として経験の浅い私が営業担当として外へ出ることになったのです。
ーー仕事がない状況から、どのようにして案件を獲得していかれたのでしょうか。
廣田佳幸:
何とか生き残ろうと、以前の経験から少しでも知識のあったアミューズメント業界の企業やパチンコ店などに片っ端から飛び込み営業をかけました。最初は断られてばかりでしたが、受けられる仕事は何でも受けようと必死でした。そうして少しずつ小さな電気工事などを任せてもらえるようになり、ある時「装飾用の旗を作れないか」と相談をいただいたのです。そこからデザイナーを探して外注するなどし、徐々に店舗の改装や看板工事なども手掛けるようになっていきました。
クライアントが望む「集客」の実現と 期待を超える「+1」の精神

ーーそこからどのように事業を拡大し、現在の姿へと成長していったのでしょうか。
廣田佳幸:
旗の制作からスタートした事業は、内装や看板工事などへと少しずつご依頼の規模が拡大していくことになります。それに伴い、まずは個人事業だった「ヒロタ電子」を法人化し、その後父や兄が持つ高い技術を売っていく決意を込めて、社名を「ハイテクノ」へ改めました。事業を広げていく中で深く考えるようになったのは、「いただいた仕事に対して、何を果たさなければ利益を得てはいけないのか」という点です。その答えは、単なる図面通りの建築工事ではなく、お客様が真に望む「集客」の実現でした。だからこそ、どんなデザインなら人が入りやすいかなど、常にプロモーションの視点を持って日々の業務に向き合っています。
ーーお仕事をされる上で、社員の皆様にも伝えている大切な価値観はありますか。
廣田佳幸:
「+1」という気持ちを大切にしています。私が営業に出ていた頃、現場で仕事をしてくれる職人さんたちに対して自分にできることはないかと探した結果、現場のゴミ拾いに行き着きました。そうしたちょっとした気遣いが、次の仕事や信頼に繋がることを実感したのです。提案書一つにしても他社に勝つためのもう一つのエッセンスを加える、トラブルがあってももう一回だけ諦めずにやってみる。この「+1」のマインドは、社内でも常に共有しています。
デザイン力を武器に 次世代の経営者を育成する未来への挑戦
ーー現在の主な事業内容と、貴社ならではの強みについて教えてください。
廣田佳幸:
現在は看板工事や内装工事、デジタルサイネージのほか、広告媒体事業などを幅広く展開するようになりました。中でもストックビジネスとしての広告事業には力を注いでおり、工事を終えた後もお客様と継続的な関係を築く土台となっています。そんな私たちの最大の強みと言えるのが、「デザインとクリエイティブ」の力に他なりません。社内に多くのデザイナーが在籍している強みを活かし、機能性だけでなく見た目の美しさやブランディングの観点からも、集客に直結するトータルプロデュースを提供できます。これこそが、私たちを選んでいただける理由だと考えているのです。
ーー最後に、今後の展望や目指す組織の姿について教えてください。
廣田佳幸:
2030年の第21期に向けて、グループ全体で大きな目標を掲げています。その達成のために、M&Aなども活用しながら、20代や30代のメンバーが出世できるポストをたくさん用意したいと考えています。私自身が若くして経営に携わったことで多くの経験を積めたように、30代の社員たちにも社長ポストなどの責任ある立場を任せ、さまざまな挑戦や失敗を経験してほしいのです。そうした人材育成が、ひいてはグループ全体の更なる飛躍に繋がると信じています。
編集後記
リーマン・ショックという未曾有の危機の中、地道な飛び込み営業から活路を見出した廣田氏。「何を果たさなければ利益を得てはいけないのか」という本質的な問いと、期待を超える「+1」の精神が、同社を単なる施工会社からデザイン集団へと押し上げた原動力だろう。自身の経験を糧に、次世代のリーダーに挑戦の舞台を用意しようとするその姿勢から、企業としての更なる飛躍と、そこで育つ才能たちの明るい未来が広がっていると感じた。

廣田佳幸/1979年山口県生まれ、神戸育ち。19歳で大学を中退し、大手アミューズメント企業グループへ入社。10年間の勤務を経て29歳で父の電気工事業に参画、直後にリーマン・ショックで仕事が激減。前職の経験を生かして自ら営業を開始し、事業を再建。ヒロタ電子を法人化後、株式会社ハイテクノへ社名変更。現在は商業施設の看板・サイン、内装、デジタルサイネージを中心に、別軸でフィットネス事業会社なども展開している。