※本ページ内の情報は2026年11月時点のものです。

愛知県を中心に木材・建材事業を展開し、中部地区でトップクラスの売上高を誇る大日本木材防腐株式会社。そのルーツである材惣木材は336年、同社自身も105年という圧倒的な歴史を持つ。電柱や枕木の防腐処理から始まり、時代の変化に伴い木材流通、住宅プレカットや化成品、不動産事業へと柔軟に事業を拡大してきた。35歳の若さでトップに就任し、数々の危機を乗り越えてきた代表取締役社長の鈴木龍一郎氏に、グループの歩みとこれからの戦略をうかがった。

336年の歴史を受け継ぐ若きトップの挑戦と構造改革

ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。

鈴木龍一郎:
慶應義塾大学を卒業後、1982年に日商岩井(現・双日)に入社しました。入社の理由は、大日本木材防腐の関連グループである材惣木材が当時、輸入原木の取引をしていたためです。最初は物資紙パルプ部ナイキ課に配属され、当時日商岩井が代理店を務めていたスポーツ用品メーカーの輸入部門を3年ほど担当しました。相手方の企業がまだ規模が小さい頃から取引があり、そこから世界的な企業へと成長していく過程を間近で経験できたのは、非常に大きな財産となっています。その後、名古屋に戻って家業へ入りました。

ーー家業へ戻られた当時の状況は、どのようなものでしたか。

鈴木龍一郎:
当時の木材業界は決して良い状況ではありませんでした。急速な円高が進行し、安価な輸入材に大きく押されていた時期です。その波を受けて、自社の合板工場を閉鎖せざるを得ないなど、非常に厳しい環境に直面していました。そのため、私は入社後、前向きな営業活動で売上高を伸ばすというよりは、不採算部門の整理や会社の構造改革といった、組織を生き残らせるための厳しい業務に注力することからのスタートとなりました。

ーーその後、35歳の若さで社長に就任されました。当時の思いをお聞かせください。

鈴木龍一郎:
35歳のとき、父親が急逝したため、思いがけずグループの社長を引き継ぐことになりました。当時の率直な思いとしては、とにかくこの会社を存続させ、次の世代へ残さなければならないという一心でした。グループの中核である材惣木材は現在336年、大日本木材防腐自体も創立から105年という圧倒的な歴史があります。長い年月をかけて先人たちが築き上げてきた歴史と、地域のお客様からの分厚い信用を背負い、いかにしてこの難局を乗り越えていくかという強い覚悟を持って経営に臨みました。

時代と共に進化する老舗問屋の強みと「地域で一番」の誇り

ーー現在、グループ全体で16社もの企業を展開していらっしゃいますが、組織運営で大切にしていることは何でしょうか。

鈴木龍一郎:
現在、材惣DMBホールディングスの傘下に16社が属しています。M&Aの話もいただけば検討し成立しました。グループは歴史の中で事業転換もしながら拡大してきました。グループ運営で特徴的なのは、各社の文化や給与体系、規則などを無理に統一せず、以前の形をそのまま引き継いでいることです。約100年前に祖父が日本舗装道路という企業を買収し、それが大日本木材防腐として育っていきました。

ーー貴社の祖業と、現在の主力事業への転換について教えてください。

鈴木龍一郎:
弊社の始まりは、電柱や鉄道の枕木といった木材の防腐処理です。かつては木製が主流でしたが、時代とともに電柱や枕木がコンクリート製に変わり、私たちが持っていた防腐設備が使えなくなるという大きな危機に直面しました。そこで、住宅の土台などの建築資材へと事業の舵を切ったのです。現在は木材の卸売事業を中心に、木造住宅の構造材などをコンピュータ制御で精密に加工する「プレカット事業」、シロアリ対策などの「化成品事業」、さらには「不動産事業」と、大きく4つの柱で事業を展開し、安定した収益基盤を確立しています。

ーー幅広い事業を展開する中で、貴社ならではの強みはどこにあるとお考えですか。

鈴木龍一郎:
一言で言えば、中部地区の木材・建材分野においてグループは「地域で売上が一番」であることです。大日本木材防腐単体で約200億円、材惣木材で約100億円の売上高を誇り、プレカット事業の生産能力もグループでこの地区最大規模の月間約300棟を出荷しています。昔ながらの問屋という業態が全国的に厳しくなる中、弊社はいち早くプレカットなどの川下の住宅資材関係に事業領域を広げました。単に木材を右から左へ流すだけでなく、自社で加工の付加価値を提供できるようになったことが、現在の強固な基盤と競争力につながっています。

環境対応と海外展開 次世代を見据えた事業多角化

ーー現在、環境への取り組みにも力を入れられているとうかがいました。

鈴木龍一郎:
自社の防腐技術で木材の耐久性を約3倍に高めることが、環境保全への貢献となっています。さらに、四国工場の遊休地、本社工場の屋根などに太陽光発電パネルを設置することで、1メガ以上の電力を創出できるようになりました。また、断熱性を高め、太陽光と蓄電池を組み合わせてエネルギー消費を実質ゼロにする「ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」の事務所も建設し、認証を取得しております。グループで保有する約1,000ヘクタールの山林を通じたCO2吸収削減にも取り組み、持続可能な社会の実現を目指していく所存です。

ーー海外市場への展開については、どのようにお考えでしょうか。

鈴木龍一郎:
現在は、新たな販売先としてではなく、国内事業を支える強力なパートナーとして海外拠点を活用しています。具体的には、ベトナムのセンターでプレカット用のCAD入力業務を行い、フィリピンのセブ島にある事務所では、近年重要度が増している住宅の構造計算を担当してもらう形です。現地の人数こそ一桁台と多くはありませんが、優秀な人材とオンラインで緊密に連携することで、労働力不足が課題となる国内の事業基盤をしっかりと支える体制を構築いたしました。将来的には、自社グループで保有する山林から産出された木材の輸出なども視野に入れています。

自律した人材がつくるグループシナジーと未来への展望

ーー今後、事業を成長させるためにどのような人材を求めていますか。

鈴木龍一郎:
営業や生産管理などを担い、自ら主体的に動ける方を求めています。弊社は、若手にも積極的に大きな裁量を任せる社風です。たとえば、通常であれば経験豊富なベテランが行うような木材の仕入れ業務を、20代や30代の社員に任せることも珍しくありません。個人のレベルに合わせて責任ある仕事を任せ、結果を出せばさらに大きなチャンスを与える。そうした環境にやりがいを感じてくれる方に来ていただきたいですね。

ーー最後に、今後の展望と成し遂げたいことをお聞かせください。

鈴木龍一郎:
新築の住宅着工件数が減少する中、今後はクリニックや保育園といった中大規模木造の分野が大きく成長すると見ており、この領域に注力していきます。また、グループ各社の強みを活かしたシナジーを生み出すことも重要です。最終的な目標は、この歴史ある企業を確実に次代へ継続させることに他なりません。時代の変化を捉えながら、成長分野への挑戦を続け、次の100年へとバトンを渡していきたいと考えています。

編集後記

336年という気の遠くなるような歴史を持つ企業グループ。その根底にあるのは、伝統にしがみつくのではなく、時代に合わせて大胆に事業を転換してきたベンチャー精神だった。コンクリート化の波を乗り越え、いち早くプレカット事業へ参入した先見の明が、現在の「地域で一番」の地位を築いている。若手に裁量を委ね、環境対応や中大規模木造といった新たな領域へ果敢に挑む同社は、これからも地域のインフラと人々の暮らしを力強く支え続けていくに違いない。

鈴木龍一郎/1960年名古屋市生まれ。旭丘高校卒業後、慶應義塾大学経済学部卒業。1982年日商岩井に入社し、物資紙パルプ部ナイキ課勤務。1985年名古屋に戻り、家業の材惣木材入社。1995年材惣木材、大日本木材防腐株式会社の社長就任。2017年大日本木材防腐株式会社をMBOで非上場にして、材惣DMBホールディングス設立。