
1969年の創業以来、日本有数の港町である静岡県焼津市で、半世紀にわたりマグロの加工・販売を手がける山松水産株式会社。個体差の大きいマグロを見極める「一頭一頭の目利き」と徹底した品質管理で、顧客から高い信頼を獲得している。現在、同社を牽引する代表取締役社長の松永大地氏は、大手金融機関での営業経験を経て家業に入り、デジタル化の推進や組織改革を実行してきた。伝統の職人技を守りながらも、欧米市場への進出など新たな挑戦を続ける松永氏に、独自の経営哲学と今後の展望についてうかがった。
大手金融機関から水産の現場へ そこで見た「真面目さ」という財産
ーーまずは、これまでのご経歴と貴社へ入社された経緯を教えてください。
松永大地:
もともと家業でしたし、祖父や父が大事にしてきた会社なので、いずれは継ごうと考えていました。ただ、そのまま入社するのではなく、一度水産以外の世界を見てみたいという思いがあり、金融業界に興味を持って就職活動をしました。
入社した大手損害保険会社では数年間、営業職を経験します。そこでは、営業の基礎から対人スキル、そして何より「顧客目線」の重要性を叩き込まれました。完成された組織における人事制度や社内管理の仕組みを若いうちに体験できたことは、後に自社の足りない部分を見つめ直すうえで非常に大きな財産となっています。そして、20代のうちに家業へ戻ると決めていたこともあり、一つの節目として2015年に家業へ入ることになりました。
ーー入社後は、どのようなお仕事から始められたのでしょうか。
松永大地:
前職ではスーツを着て営業をしていましたが、自社に戻って最初に配属されたのは工場の製造現場でした。実際に現場で働く中で、水産加工の仕事への理解が深まるとともに、日々のものづくりを支える社員の技術や仕事に対する姿勢に触れることができました。
特に印象的だったのは、社員一人ひとりの真面目さと、仕事に対する責任感の強さです。品質に妥協せず、より良い商品をつくろうとする実直な姿勢が現場に根付いていることを実感しました。こうした社員の技術力や品質へのこだわりこそが、長年にわたって築き上げてきた弊社の強みであり、これからの成長を支える大切な財産だと感じています。
職人技の「目利き」と品質へのこだわり 漁業者の思いを届ける使命感
ーーその実直な姿勢が支える貴社の「品質」とは、具体的にどのような強みなのでしょうか。
松永大地:
弊社は、冷凍マグロをブロックや柵(さく)の形に加工してお届けしています。その中で私たちが最もこだわっているのが、「目利き」と呼ばれる選別技術と高度な「加工技術」です。天然の水産物であるマグロは個体差が非常に大きく、1本1本品質が異なります。そのため、お客様の用途に合わせて最適なグレードの原料を仕入れ、的確に選別し、加工しなければなりません。
この選別と加工は職人の世界であり、人の経験に支えられる部分が大きいのですが、代々の先輩方が品質を守るための目線合わせを徹底して引き継いできました。ただ、基準を厳しくすればよいわけではありません。お客様が何を求めているのかを営業一人ひとりが深く理解し、現場の職人技と連携して用途に完璧に適合させる。この高度な技術こそが、高い評価をいただいている理由です。
ーーその品質へのこだわりの根底には、どのような思いがあるのでしょうか。
松永大地:
命がけで海に出てマグロを獲ってくださる漁業者の方々への使命感です。彼らが苦労して獲った魚を、正当な価値でお客様へ届けることが私たちの役割だと考えています。単なる価格競争に陥って安売りをしてしまえば、業界全体が成り立たなくなってしまうでしょう。
その思いを形にするため、-60℃の超低温保管や徹底した衛生管理など、「ベストテイスト(極味)」を追求する環境を整えています。そのうえで、品質の価値をお客様に理解していただく努力も欠かしません。価格ではなく真の価値で信頼を獲得することが、結果として会社の高利益体質にもつながっているのです。
「仕組み」だけでなく「感情」に寄り添う デジタル時代の組織改革

ーーDXには、どのようなきっかけで取り組まれたのでしょうか。
松永大地:
私が入社した当時は、業界特有の事情もあり、現場の管理記録から販売、経理に至るまで手書きの書類が山のようにありました。皆が一生懸命に残業して対応していましたが、これでは非効率すぎると感じ、数年かけてシステムを構築し、業務フローの全面的な効率化を進めました。
現在は、FSSC22000などの厳格な国際認証の膨大な記録類もすべてデジタル化し、現場にはタブレット端末を配布してクラウドサーバーで管理しています。また、社内のワークフローも自社開発のアプリに移行しました。伝統産業でありながら先進的に業務を効率化することで、社員が本来注力すべき業務に専念できる環境が整いつつあります。
ーーシステム化を進める中で、組織を動かすために意識されている経営哲学を教えてください。
松永大地:
大企業であれば、ある程度は仕組みや人事評価のルールで組織を回せる部分があります。しかし、弊社のような規模の企業では、仕組みや正論だけを振りかざしても人は動きません。一人ひとりに感情があり、それぞれの思いがあるからです。
何か新しいことを始める際も、単に上から指示を出すのではなく、相手が何を考え、どこで立ち止まっているのかに寄り添うことを大切にしています。理屈だけでなく、どうそこに感情を乗せていくか。一人ひとりの声に寄り添う温かいアプローチこそが、組織を動かす原動力になると考えています。
ーー社員が自ら考えて動けるように、どのような取り組みをされているのでしょうか。
松永大地:
これまでは会社として求める役割が不明確な部分があったため、1年ほどかけて新たな人事評価制度を構築しました。等級ごとに求める行動指針を明文化し、管理職とも何度もディスカッションを重ねて現場に落とし込んでいます。
並行して進めているのは、個人の裁量を尊重し、新たなポジションへ主体的に挑戦できる社風の醸成です。実際、DX推進や採用専任など、新しい領域で自律的に考え活躍する社員も生まれています。こうした制度と環境の両面を整えることが、社員一人ひとりが自ら考えて動く土台となり、当社のさらなる成長に不可欠だと考えています。
日本の「本物のマグロ」を世界へ 伝統産業の次なる挑戦
ーー近年は、海外市場、特に基準の厳しい欧米への展開も本格化されていますが、その背景を教えてください。
松永大地:
実は、学生時代にイギリスへ行った際、現地の日本食を見て「いつか海外に日本の本物のマグロを届けたい」と強く感じていました。数年前から輸出に力を入れ始めましたが、その中でも欧米市場は、日本食や寿司文化が広がり、品質にこだわった商品への需要も期待できる市場です。
輸出のハードルが低い国では結局価格競争になりがちですが、欧米のように衛生基準などが厳しい市場では、私たちが培ってきた品質重視の姿勢が武器になります。日本の「本物のマグロ」の価値を理解してくれる世界のお客様に、私たちの商品を提供し続けることが大きな目標です。
ーー国内市場と海外展開、それぞれの今後の展望についてどのようにお考えですか。
松永大地:
海外事業に関しては、現在売上高の1割程度ですが、まずは事業として確固たる基盤をつくり、将来的には比率を高めていく考えです。同時に、メインである国内市場においても、従来の市場経由の流通だけでなく、多様な販売チャネルを開拓していく必要があります。
人口減少で市場が縮小する中でも、私たちが扱う商品の価値を求めてくださるお客様は必ずいらっしゃるのです。国内外を問わず、お客様とのコミュニケーションを深め、私たちの商品の真の価値を伝え続けていく。それが、会社を次なるステージへ引き上げると信じています。
ーー最後に、今後の貴社を担う新しい仲間に期待することを教えてください。
松永大地:
私たちは指示を待つのではなく、自ら考えて行動できる自律的な人材を求めています。長年培ってきた職人の選別・加工技術や現場のノウハウを継承するには、長期的なキャリア形成が不可欠です。
会社の仕組みや教育体制は今まさに整いつつあります。私たちの品質へのこだわりに共感し、一緒に会社を良くしていきたいという熱意を持つ方とともに、水産業界の未来を切り拓いていきたいですね。
編集後記
大手の完成された組織から一転、水産の現場へ飛び込んだ松永社長。そこで感じた社員の実直な姿勢へのリスペクトが、同社の変革の原動力となっている。伝統的な職人技である「目利き」「加工」を守りながらも、いち早くタブレット端末を用いた現場のDXを推し進め、欧米市場の開拓にまで挑む姿勢は、老舗企業の枠に収まらない勢いを感じさせた。徹底した品質へのこだわりと、漁業者の思いを正当な価値で届けるという使命感。その熱き信念が、日本の本物のマグロを世界へと羽ばたかせていくことだろう。

松永大地/1987年、静岡県生まれ。早稲田大学卒業。現在の損害保険ジャパン株式会社に入社。2015年4月に山松水産株式会社に入社し、各部署での業務経験を経て、2024年9月、代表取締役社長に就任。