株式会社船橋屋 ~200年超“くず餅”一筋の老舗企業を変革した八代目当主~

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歴史

株式会社船橋屋 代表取締役 渡辺 雅司 (2012年11月取材)

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歴史

【渡辺】

くず餅というのが、もともと千葉の農家などで食べられていた小麦粉を練ったお餅だったんです。当時文化文政という1800年前後、一番江戸で元気のあった時期、当時というのはどういう歴史的な背景があるかというと、江戸の庶民の文化や経済が発展していった時で、神社詣でも盛んだったんです。その時に初代が千葉から藤を見に、亀戸天神に来ていて、ここで店を持てたら面白いのではないかと。そして自分の地元でやっているくず餅を商品化するレベルまで高めていって、ここで売りたいという高い志のもとに出てきたんです。当時境内というのは利権ですから、境内の中で仕事をするというのは、なかなか難しかったので、初代は植木屋さんと仲良くなって、亀戸天神でお店を開いたのがそもそもの始まりです。それが今から207年前。それがもともとの始まりです。だから屋号は、初代が船橋から出てきたので、船橋屋という名前がつきました。

【渡辺】

ただ単につぶしがきくだろうと。ヒト、モノ、カネ、経済を動かしていて、お金を自分で把握していると、いろいろなことで制御がきくだろうと思っていたんです。そもそも銀行に入ったというのも、自分が経営者になった時に、いろいろな経営者像を見ておけるということと、お金に強いというのは、お金の世の中の動き方が。世の中のお金の動き方をよく知っておくということは、自分の経営者のスキルにとって、すごくプラスになるのではないかと思う。それで銀行を選んだんです。当時はバブルの始まりから終わりまで7年間、86年から93年までいましたので、多くの経営者の浮き沈み、栄枯盛衰を見てきた。大変勉強になりました。

【渡辺】

元々うちの場合は、継げというのは一切言わないんです。親も祖父もいわなくて。というのも祖父も親も養子なんですよ。のれんというのは血より重くて、実は息子が馬鹿だったら、絶対継がせるなというのが、一つの家訓という形で生きてきているんですよ。遠慮なく追い出せと。だから、祖父にも長男がいたんですが、継ぐ資質のない人間だったので、追い出されてしまったんです。それで父を養子に迎えたという。すごいことをやってるなと。そうしないと、やはり長い歴史というのは、あとにつないでいけないんですよね。

【渡辺】

ですから私も久しぶりの家付きの息子なんですが、近くで見ていると、視野が狭まるということと、やはりちやほやされて甘やかされるということで、親は遠くで、小さい時から育てた。自分もそういう思いがあるので、とにかく外の飯を食って、いろいろな勉強をして、外から自分の会社を見ると。養子に入るようなイメージで、会社に入ったんです。覚悟といえば、それが覚悟なのかなと思います。それが結果的には良かったと思います。

【渡辺】

だからこれは小さい頃から植えつけられたことですね。よく、職住一致。食べるのと住むのはお店の裏というのが多いんですよ。こういう古いお店は。しかし、うちに関してはそれはマイナスだろうという考え方なんです。それは長い歴史の中で、はっきり言って馬鹿息子が育つ環境だと。そういう環境というのは。やはり常に挑戦していないと、老舗というのは駄目なので、そういった意味で、血よりものれんという、受け継ぐもののほうが大切でしょということから、やはり外から入れ、外のものの見方をどんどん取り入れて行けというのが、我々の船橋屋の核に近いということです。だから、そういう形を取ったと思います。

社長プロフィール

President's profile
氏名 渡辺 雅司
役職 代表取締役
生年月日 1964/2/16
出身地 東京都
出身校 立教大学
座右の銘 深沈重厚 経営者として深く考え適格な判断が出来る様、心がけている
愛読書 人は無理数で生きる

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