株式会社サカエ ~世界最高水準のセキュリティレベルを実現したシュレッダーなどを自社開発~

反骨精神と大学時代のエピソード

株式会社サカエ 代表取締役社長 松本 弘一 (2015年12月取材)

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エピローグ

【聞き手】

本日はですね情報セキュリティから医療まで、非常な高度な技術で幅広い分野にチャレンジしております。
株式会社サカエ、代表取締役社長、松本弘一社長にお話を伺いたいと思います。
では社長、宜しくお願いします。

【松本】

お願いします。

反骨精神と大学時代のエピソード

【聞き手】

お父様も企業家で、会社をやっていたわけなんですけれども。

【松本】

父親ですか、メーカーは父親はファウンダーで、販売会社の方は祖父が創業で3代目なんですね。

【聞き手】

子供のころから、お父様やおじい様の背中を見ていらっしゃって、将来は自分も起業をするんだ、会社を継ぐんだというのは思っていなかった?

【松本】

反骨心の塊。中学3年ぐらいから親父のことをおじさんって呼んで、最悪の。もう中学校から現在までずっと反抗期。

【聞き手】

その反抗期の反骨精神がやってやろうみたいな。

【松本】

反骨精神だけなんですね。

【聞き手】

で、慶応の工学部に進まれたと。はからずしも、ご実家の事業をやってらっしゃるような、いわゆる工学系というか、機械とか。

【松本】

国語が大の苦手で、得意は数学と、美術と音楽が好きだったんで。
もう理系か芸術系かしかないなと。

【聞き手】

就職っていうのはある時期になりますと、どうしても直面する、問題なんだと思うんですけど。

【松本】

研究室に入ると、大体工学部は教授の推薦でどっか行けんたんですよね。ですから、全然就職活動はゼロ。
理系だったもんですから、ずっと研究室に入って、実験、データを取ったりやらなくちゃいけなかったんですね。
すっとうやっていて、それをやりながら、免許所も取らせてくれなかったんで、就職前に取らないと。2つやっていたら、肝臓を痛めちゃいまして、緊急入院しまして、白血球が何万倍になっちゃったんですよね。まあ、伝染性だったんですけれども。それで、卒論も2人でやっていて、相棒が全部やってくれた。私は病院にいた。だからいつの間にか卒業して、父親の会社に入って、三菱電機で研修しなさい。三菱電機に入ろうかと思ったんですが、機械科は修士しか取らないと言われて。学士だったんで、じゃあ研修させてもらうということで、2年間研修させてもらったんですよ。

【聞き手】

いったんは自分の会社に入って・・・

【松本】

親父の会社に入って、研修で、三菱電機さんの群馬製作所っていう家電の工場なんです。
そこで、現場からやらさせてもらったんですよね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 松本 弘一
役職 代表取締役社長

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