Vol.2 24歳で社長就任
24歳で社長就任
【松本】
自分の会社の工場に入ってから1ヶ月で、父が突然、亡くなってしまいました。それで、これから会社をどうするんだって、幹部の葬式の部屋で、そういう話になったわけです。そこで、わかった、俺がやると言いました。24歳でした。
【聞き手】
ご自身で、手を上げられたのですか。周りから弘一君しかいないだろうとはならなかったのですか?
【松本】
全くそんな感じではないですね。
【聞き手】
やむを得ない状態といっても、まだ社会人歴2年。しかも専門的なことを学んでいた途中ですよね。
【松本】
三菱電機の現場で毎日同じことをして、なぜ毎日こんなことをやらされるのだろうと思っていました。
【聞き手】
そのような状況で経営者になられた。
【松本】
設計をさせてもらったり、最後は碑文谷で、ダイエーの販売員のヘルプをやっていました。 三菱電機のクリーナーを一生懸命売っていた。一通りさせてもらいました。
【聞き手】
いわゆる現場ですよね。
【松本】
現場です。ただやっぱり技術系なので、新しいものを開発する仕事をしたいなというのはなんとなく思っていた。経営をやるなんて全然考えてなかったですね。
【聞き手】
24歳で経営者になりましたという時に、まず何をやろうと思ったんですか?
【松本】
下請けだったんですよね。オンリーという、大企業の下請けをやっていたのです。こんなでは社員の給料も増えないし、絶対自分たちで開発したものを自分たちのブランドで売る会社に変えるのだと。最初から思っていました。
【聞き手】
社内から色々な反発もあるわけですよね?人間ってこう、一番変化に適応ができないと言われているので。
【松本】
会社というのは、1日経って変化がなければそれはもう時代遅れになる。三栄という販売会社の方は、父親が給料計算から、個払いから、お客さんへの営業から全部自分でやっていて。工場の方は、そういった外部からの出向者が来ていたので、私は東京に住まいを移して、5年間営業の方をメインでやったのですよ。本社を離れることになれば、工場で事故とかが起きてどんどん悪くなる。そこで、母に名前だけでいいから社長になってもらって、僕は副社長で、工場に行く。それで、母親は私より(社長業が)向いているのですよ、結構。さすがだなと思って、安心して私は工場の立て直しをやれました。
経営者プロフィール
氏名 | 松本 弘一 |
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役職 | 代表取締役社長 |
会社概要
社名 | 株式会社サカエ |
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本社所在地 | 東京都港区新橋1-11-4 三栄ビル |
設立 | 1952 |
業種分類 | 機械器具製造業 |
代表者名 |
松本 弘一
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従業員数 | 150 名 |
WEBサイト | http://www.sakaecorp.com/ |
事業概要 | ヒーター機器事業、医用・科学機器事業 |