アセンテック株式会社 ~“仮想デスクトップ”の雄が挑む情報社会変革~

人生を変えた(米)IBMでの経験

アセンテック株式会社 代表取締役社長 佐藤 直浩 (2017年6月取材)

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―人生を変えた(米)IBMでの経験―

【佐藤】

生まれは東京都練馬区です。当時は今の東京とは全く違う風景が広がっていましたね。まさに映画の「ALWAYS 三丁目の夕日」に出てくるような世界で、見渡す限り建物はなく、私の家にも水道は通っていなかったので井戸水を汲んで生活するという、まさに昭和という古い時代でした。

学生時代には本当に平凡な学生で、起業するという野望、希望もなく、普通に、淡々と学生時代を過ごし、サラリーマンとして就職するというごく一般的な学生時代、社会人時代を過ごしてまいりました。理工学部の学生でしたので、エンジニア方面に進むことを希望していましたが、それほど大きな野望を持っていたわけでもなく、本当にごく普通の学生だったと思います。

日本テキサス・インスツルメンツという、当時は半導体で世界最大手だった会社に就職しました。当時はまだ半導体が「産業のコメ」と呼ばれていた時代でした。そんな中で半導体事業に将来性を感じ、日本TIに入社致しました。

今では当たり前になっていますが、日本TIは当時半導体のメモリD-RAMで非常に大手の会社でしたし、日本に世界最大級の工場も持っていました。私はそういった会社に入社したことで、メモリが情報を記憶する構造やPCの内部構造など一般に使っているだけでは分からないことをたまたま今でも理解しています。そのことが今私どもが取り組んでいるIT事業の中で活きていますし、日本TIでの経験は非常に良いものだったと思います。

営業職としての経験もありますし、最終的にはカスタムLSIと言われている、LSIの設計に携わるエンジニアとして数年間携わっていました。その時はちょうどIBM PCの開発を行っていた会社ですので、パソコンがどういった構造をしているのか理解できる、非常に良い経験だったと思います。これは一般公募で中途採用の新聞広告を見て、PCの企画という内容の募集がありましたので、PCの内部構造に関する知識を活かせるのではないかと思い、IBMに入社致しました。

実際には(当初の募集部門とは)全く違う所で働くことになりました。PC事業ではあるのですがエンジニアリングの部分ではなく、製品の企画部門に配属されました。LSIの内部構造を知っていることはあまり役に立たないような業務でしたが、IBMでパソコンに携われたことは今の事業にも活かされていると思います。

IBMで働き始めてから12~3年ほど経ったところで、アメリカのIBMにアサインメントとして転勤することになりました。それまでは英語が本当に嫌いで、電話会議なども逃げ回っていたのですが、アメリカのIBMの方に2年間アサインメントとして行くことになりました。それが私にとっては大きな転機だったな、と思っております。

アメリカのビジネススタイルや当時苦手だった英語を学ぶことができ、海外のメンバーとコミュニケーションを取る機会にも恵まれました。考え方もガラッと変わったかなと思います。アメリカから帰ってきた後、マネージャーとしてどんどんステップアップしていったことを鑑みても、大きな転機だったと思いますね。

IBMは、マネージメントにかなり大きな職務権限が与えられ、デリゲーションされる会社なんですね。ですから、ピープルマネージも含めて任せられるのが一つの特徴でした。そこで1つのワークステーションのプロダクトラインを任されまして、その国内シェアをナンバーワンにしよう、というテーマをセットしまして、その目標に向かって皆で頑張りました。結果としては2年間で業界シェアナンバーワンを獲得することができました。そういった経験の中で、目標をセットしマネジメントしていくということを多く学び、経験できたと思っています。

その後は全社タスクだったチャネルマネジメントのタスクがありまして、そこの企画を担当しておりましたので、そのままアラエス事業部を担当することになりました。そこで今度は国内のシステムインテグレーター様、エンティティデータ様をはじめとする、国内のコネクションが広がりました。アラエス事業部の中ではこうした経験をすることができました。

社長プロフィール

President's profile
氏名 佐藤 直浩
役職 代表取締役社長

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