株式会社ジャパネットたかた ~“1,500億円”企業の二代目が語る、新生『ジャパネットたかた』とは~

継承について

株式会社ジャパネットたかた 代表取締役社長 高田 旭人 (2014年12月取材)

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【聞き手】

今や時の人と言うべきでしょうか、2015年1月に就任されます株式会社ジャパネットたかた、高田旭人社長にお話をお聞きします。2015年から新生ジャパネットたかたの社長のお人柄にフォーカスを当ててお話を伺いたいと思います。

―継承について―

【聞き手】

社長に就任される経緯について報道もされましたがご自身はどう思われましたか?

【高田】

どこかのタイミングで会社を継ぐというのは自分自身自覚していましたし、父からも「お前しかいない」と言われていたので今は思ったより早かったなと感じています。

【聞き手】

ご兄弟はお姉ちゃんに、妹という三人きょうだいの長男という事で小さいことから家業を継ぐことになるだろうなという意識はありましたか?

【高田】

小中学生時代当時カメラ屋だったことから家業を継ぐだろうなと思いながら生きてきました。

【聞き手】

言葉を選ばず言いますと、長崎の小さな佐世保のカメラ店からすごく全国的に注目されるように成長しましたが、家族の一員としてどう見ていましたか?

【高田】

変わらなかったですよ。きょうだい、みんな中学から親元を離れて寮に入っていたので会社が成長する過程を間近で見てきたわけではなく。小学校の頃の一生懸命働く両親の様子をみて、それを続けてきた結果として大きな企業になっているんだなと感じました。大きくなる過程は常に近くで見てきたわけではないですね。

【聞き手】

それこそ学校のお友達からお父さんテレビに出ているねと言われましたか?

【高田】

わざわざ伝えていなかったので知らなかったですね。

【聞き手】

意外です。みなさんご存じでご氏族のなかでも見られていたのかと思いました。

【高田】

何となくはバレていたと思いますね。長崎からきていて、名字が高田で、なんとなく似ているという。言われても嫌ではありませんでしたけどね。

【聞き手】

大学を卒業後は野村證券さんへお勤めされたのですね。

【高田】

2年ほどですね。

【聞き手】

それは何か言われてのことなのですか?

【高田】

特に親に言われていませんでした。シンプルに親の会社に戻るつもりだったので、放送局さんやテレビ局さんに行くと親のコネと言われるのがいやだったからですね。野村證券の営業は大変な仕事だったがそこで成長させていただいたのでよかったです。

【聞き手】

商社時代は企業への営業をされていましたか?

【高田】

個人のお宅に訪問させていただいていました。

【聞き手】

リテールですか?

【高田】

はい。

【聞き手】

営業マン生活はいかがでしたか?

【高田】

営業をすることで野村證券がトップでいることの所以が理解できましたし、自分の言葉でお金を預からないといけないので真摯になり勉強もしなければならなかったのでそのような点で現在の仕事に通じるものを感じました。

【聞き手】

そういったところで学ばれたことは会社に戻られて生きていることはありますか?

【高田】

なぜ野村証券があれほど大規模になりトップでありつづけられるのかという理由については会社の中にいることで感じましたので良い点を取り入れることができるのでとても参考になりました。

【聞き手】

当時、入社される前に持っていたジャパネットたかたに対するイメージはありましたか?

【高田】

会社というより家庭的な雰囲気のイメージが強く、それが当たり前の環境でした。幼少のころから知っている方も多いので入社当時は帰ってきたなという感じでした。

【聞き手】

特に、外側から見ていた時と中から見るギャップは感じませんでしたか?

【高田】

入社してみて社長に頼る部分がとても多いのに驚いた。みんなで社長についていく一体感の強さが不思議な感覚だったことを覚えていますね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 高田 旭人
役職 代表取締役社長

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