株式会社テラスカイ ~2,000件以上のクラウドシステムの導入支援・開発事業を展開する成長ベンチャー~

Vol.3 セールスフォースの立ち上げ

株式会社テラスカイ 代表取締役社長 佐藤 秀哉 (2015年6月取材)

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-セールスフォース日本法人の立ち上げと独立の経緯-

【聞き手】

昔から起業といいますか、経営者になることに憧れがあったと伺っています。

【佐藤】

母がビジネスをやっていまして、店頭でお客様と接する母親を見ていました。お客様は喜んで買い物をして帰られる、そういう姿も見ていましたので、商売をやってみたいということと経営をやってみたいという思いはありましたね。当然経営をやりたいということは社長になりたいということですよね。社長になりたいという思いがありましたので、最初にIBMに入りました。

恐らく(当時)1,800人程入社していると思うんですけど、1,000人くらいはそう思って入社したと思うんですよね。社長になりたいと思ってIBMに入ったのですが、年が経つごとに現実が見えてきますので、あそこ(社長)のポジションに行くにはかなり選ばれた、しかも同期の1,800人から選ばれるわけではないですから。下手したら上下10年の中から1人だけ選ばれる世界。これはもう無理だなと思いまして、いずれ起業しようと思っていましたので、IBMを37歳で辞めまして、セールスフォース・ドットコムの日本法人の立ち上げに参画したという経緯ですね。

最初は営業の責任者として、売り上げゼロからやっていくというのを始めたわけですけれども、少し系統は違うのですが、ビジネスをつくっていくという意味ではゼロからでしたので、非常に良い経験をさせていただきました。

【聞き手】

ゼロから自分で立ち上げていくという環境になった時に、一番苦労されたところはどんなところですか?

【佐藤】

IBMの営業マンをやっていますと、例えばお客様のリストがあります。では、このお客様のリストにご挨拶に行こうとします。行ったことの無い会社であっても、そこに電話をかけて「IBMの佐藤です。一度ご挨拶に伺いたいのですが」と言うとほぼ会ってくれるのですね。

しかしベンチャーですと、まず電話も取り次いでくれないですからね。そこの苦労はありますので、やはり金看板は重要だなと思いつつ、それはそれでまた面白かったですね。

【聞き手】

いかに突破するかとか、いかにつながって会えるようになるかとか、そういったことですかね。

【佐藤】

IBMは今では少し違いますけど、当時はセールスの会社と言われておりまして、営業マンが一生懸命、創意工夫をしながらお客様を獲得していくというスタイルですね。それを出て、看板が無いところでビジネスを始める時に、当時のセールスフォースはまさにそうですけど、セールスの力だけでは看板が無いので売れないんですね。ですから、ここで初めてマーケティングの会社に変わらないと、もしくはそれをミックスしていかないと、ベンチャーというのは難しいのだなと痛感しました。

ですから、メディア戦略にしても色々なイベントなど打ち出し方にしても出していかないと、ベンチャーというのは中々抜きん出ていけないなと、売り上げを立てることは難しいと感じました。

セールスフォースを辞めた後に、IBM時代の先輩が在籍していた「ザ・ヘッド」という会社の社長に就任しました。その後に、私がセールスフォースでやっている部隊を私自身がバイアウトしまして、ザ・ヘッドを抜けたんですね。ですから、エンジニアの2人は元々は「ザ・ヘッド」の社員といいますか、その2人に新たに2人を加えて、トータル5人で始めました。

社長プロフィール

President's profile
氏名 佐藤 秀哉
役職 代表取締役社長

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