株式会社テラスカイ ~2,000件以上のクラウドシステムの導入支援・開発事業を展開する成長ベンチャー~

Vol.1 幼少期~日本IBM入社

株式会社テラスカイ 代表取締役社長 佐藤 秀哉 (2015年6月取材)

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【聞き手】

本日は、2015年の4月30日に東証マザーズに上場されたばかりという、非常に勢いがあって伸びている、テラスカイの佐藤社長にお話を伺っていきたいと思います。それでは佐藤社長、よろしくお願いいたします。

【佐藤】

よろしくお願いします。

【聞き手】

今日は事業についてもですが、この短い期間で会社を設立されてから10年目というところで、上場を迎えるに至ったその成長の原動力についてお話を伺っていきたいと思っております。

-幼少期〜日本IBM入社-

【聞き手】

ご出身は新潟県で、妙高市でお生まれになられたと伺っています。

【佐藤】

市町村合併で、元々新井市という小さな市でした。リゾート地の妙高高原がついてきまして、今は妙高市になっていますね。

【聞き手】

そちらで生まれ育って、高校生くらいまではそちら(新潟)にいらっしゃったのでしょうか?

【佐藤】

大学から東京にまいりました。

【聞き手】

ちなみにどんなお子さんだったのでしょうか?

【佐藤】

田舎ですから、野山を駆け巡っていたという感じですね。空き地がとてもたくさんあるので、大体野球をやっていましたね。新潟ですので、稲作が盛んで、非常に田んぼがたくさんあるのですが、稲刈りが終わりますと、その上でまた野球をやったり、冬は雪がたくさん降るのでスキーをやったり、本当に何か打ち込んだというよりも、遊んでいたという感じですね。

【聞き手】

周りは自然があふれていたと。

【佐藤】

自然だらけですね。カブトムシやクワガタ、うさぎ、キツネ、タヌキなどたくさんいました。

【聞き手】

色々とご経歴を拝見しましたら、お母様が手芸店といいますか、お店をやっていらっしゃった。

【佐藤】

そうですね。小さな店舗をやっておりまして、最近では斜陽産業ですけど、化粧品、毛糸などを小売りするようなお店をやっていました。新潟は、冬は雪が降ると農家の奥様方は何もできなくなってしまうので、編み物をやるんですね。その奥様方に毛糸を販売するようなお店を始めたということです。

【聞き手】

そんな秀哉少年も年を重ねて、高校生位になると進路のことを考えると思うのですが、実際はいかがですか?

【佐藤】

あまり考えなかったですね。あまり考えずに今日まで来たのかもしれません。

【聞き手】

そうなのですか。

【佐藤】

あまり考えなかったですね。あまり考えずに今日まで来たのかもしれません。

【聞き手】

そうなのですか。

【佐藤】

次男坊ですし、あまり土地に縛られなかったので、田舎にもいたくなかったんですね。私はおかげ様で、先輩に日立製作所の元社長の庄山さんが卒業されているような、地域で一番良い高校を卒業することができました。地元に残るという選択肢があったので、東京の大学に行こうと思い、地元の大学を一切受けずに、東京に来て、自分が入れる大学を探して東京の大学に入りました。

コンピューター関係をやってみようかということで、その専門の学科に行きました。ですから、幸いにして4年で卒業できましたけども。卒業する時も、コンピューター関連のことをやっていましたから、コンピューター関連の仕事に就こうと思いました。それで、いわゆる日系企業のNECとか富士通とか日立とかがある中で、たまたま最初の面接が日本IBMだったんですね。一番早く面接をして最初に内定が出たものですから、何も考えずに、もうここでいいやということで入社を決めました。先輩も在籍していて社風を聞いていたのもあるのですが、日本IBMに決めてそのまま入りました。ですので、就職活動では1社しか受けていないですね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 佐藤 秀哉
役職 代表取締役社長

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