宇津救命丸株式会社 ~創業400年超の老舗医薬品メーカー~

Vol.1 宇津救命丸の創業400年の歴史

宇津救命丸株式会社 代表取締役社長 宇津 善博 (2016年3月取材)

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【聞き手】

お子さんがいらっしゃる家庭は何代にもわたって お世話になってこられたのではないでしょうか。本日は、子ども用の医薬品をつくり続けて400年超という宇津救命丸株式会社、宇津善博社長にお話を伺いたいと思います。それでは社長、よろしくお願いいたします。

【宇津】

よろしくお願いします。

-宇津救命丸の創業400年の歴史-

【聞き手】

会社がいわゆる医薬品をつくるという事業を始められたのは慶長2年ですね。

【宇津】

そうですね。医薬品というか、救命丸が創立したのが1592年ということです。

【聞き手】

こちらのお薬をつくり続けて400年超ということなのですが、最初は子ども用の薬というわけではなかった?

【宇津】

そうですね。もともとは大人の薬として村人の健康のためにつくって、無料で配っていたのが始まりです。やっぱり人のために尽くすという気持ちが強かったために、それが代々続いているのですが、人々の健康を守るということで、創業者が医者だった経験を生かして救命丸をつくったと聞いております。やっぱり無料で配っていたのですが、評判を呼びまして、徳川家の一橋家に献上したのがきっかけで、全国的に広がっていき、評判が非常に良かったということで、薬を求める方が非常に増えてきたんです。それをきっかけにして、救命丸を商品として売ったことが始まりだったそうです。

【聞き手】

最初は大人向けで始められたということですが、宇津救命丸というのは子どもの薬というイメージが強いのですが、いつぐらいから子どもの薬という形に変わり始めたんでしょうか?

【宇津】

明治になりまして、色々薬事法が変わりました。それまで救命丸の処方は秘密になっていたんですが、やはり公開が必要になったり、商標の問題とか、色々変わってきました。そのときにお子さんの栄養状態や健康状態が非常に悪いということで、当時の当主が子ども用に切り替えよう、小児専門薬にしようということで、明治から子ども用になりました。

【聞き手】

そうなんですね。つくり方も昔は一子相伝の薬と言われていましたね。

【宇津】

処方も全部口伝えてできているので、当時の処方が残ってないんです。

【聞き手】

そうなのですか。何かに書き留めて、どこかにあるとか。

【宇津】

それがないんです。ただ明治になって薬事法が変わったときにすべて公開して、それが最初の処方になったといいます。それで類似品が急に増えまして、救命丸という薬が世の中にバッと増えました。商標 ができたときには、救命丸は一般名称になってしまって、商標 が取れなかったんです。正露丸さんもそうなんですが、救命丸というのは一般名称で、商標 が取れずに宇津救命丸という商標 を取ったわけです。

社長プロフィール

President's profile
氏名 宇津 善博
役職 代表取締役社長

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