株式会社ディー・エル・イー ~無職から上場企業経営者に。どん底から這い上がった男の大逆転劇~

Vol.1 目立つことの重要性

株式会社ディー・エル・イー 代表取締役CEO & Founder 椎木 隆太 (2017年7月取材)

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―目立つことの重要性―

【椎木】

静岡県磐田市で生まれて、親は家業である写真館を経営していました。父が社長で、母がそれをサポートしていたので、家の中にも経営があった形が長かったです。

別棟ではありますが家の中に2人くらいスタッフが一緒に住んでいて、夕食などを一緒にしていました。社員が社員然としていなくて、社員も家族のような印象でした。家族を大事にするように社員を大事にして、寝食ともにするというのは小さい頃から見ていたので、社員と経営の距離感には、今でもすごく影響があると思います。

町全体が社長さんばかりなのですね。社長といいますか、自営業。八百屋さんであるとかクリーニング屋さんであるとか、文房具屋さんであるとか。私私たちの田舎の周りの人たちは、皆さん自分たちで生きていくという人が多くて、そういった意味では商売が生活の中にあって、社長になるのが当たり前のような感覚で、それが社長なのか個人事業主なのかは小さい頃なので区別は付いていませんでしたが、誰かに使われていないのが当たり前と思っていました。自力で自分の足で稼いで生きていくのが自然なのですよね。

当時バブルもあって、世界に、ビッグに、というような社会全体の自惚れと同じように、自分にも自惚れがあって、目線だけは高かったのです。世界を舞台に何か大きなことがやりたいと思っていました。当時、世界を舞台に、本当に世界一の企業として、世の中の人たちのライフスタイルに毎年毎年、衝撃を与えて変えていった、良くしていったというのがソニーでした。

自分の中で当時一番憧れていた世界的な経営者、盛田昭夫さんがトップをやっているソニーで活躍していきたい、成り上がっていきたいとソニーを選びました。

はっきりと覚えていないのですが、同期が1,000人~1,500人いたと記憶しています。自分で会社をやって社長になるのだったら、少なくともこの千何人の中で一番になるくらいじゃなかったら成功しないだろうという漠然とした思いがありました。会社員の中でも成功するには、なにしろ目立たなきゃだめだろうという思いがあったんですよね。だから会社内でも目立つようにしていました。まして私私はずっと会社員で勤めようとも思っていなかったので、自分の思ったことはズバズバ発言しようと思っていました。

私が研修を受けたときは人事部にとんでもない奴が入ったとか、私の第一希望である海外部隊に配属されてからも、その海外事業本部全体がすごい生意気な奴がきたといって、目立ちましたね。

ソニーの先輩や人事にはとんでもない奴を入れちゃったなと思われているだろうという不安はありましたが、その後半年か数ヶ月すると、次の年の採用のリクルーターをお願いされました。人事から「椎木君のような生意気な人をリクルートしたいんだ」と言われたときに、ソニーはこれだけ発言しても受け止めてくれるんだ、なんと自由で、なんと懐の深い会社だと驚きでしたし、もし自分が会社をつくるようになったら、ソニーのように多様性を受け入れて、社員がなんでも発言できるような自由な組織をつくりたいなとすごく思いました。

社長プロフィール

President's profile
氏名 椎木 隆太
役職 代表取締役CEO & Founder

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