【ナレーター】
窓やドア、インテリアやエクステリア、ビルのカーテンウォールなどの製造・販売を手掛け、建築空間に新たな価値を提供するYKK AP株式会社。
住宅の高断熱化に寄与する「樹脂窓」において、国内トップクラスのシェアを誇る同社は、その省エネ性能の高さで脱炭素へも貢献できるという観点で、その普及に注力している。
近年では木製窓の開発にも取り組んでおり、業界のリーディングカンパニーとして、存在感を際立たせている。
世界のリーディングカンパニーを目指し、躍動する企業を牽引する経営者の軌跡と思い描く成長戦略に迫る。
【ナレーター】
自社の強みについて、魚津は次のように語る。
【魚津】
当社では「完全一貫性システム」を敷き、なるべく外部に頼らず、自分たちで資材もすべて用意しています。現在、ネジ1本といった個々の部品にいたるまで自社でつくっています。
さらに、アルミ窓や樹脂窓をつくる機械までも自社生産しているという点が強みだと思います。
もう1つの強みは、海外進出のしやすさです。同じYKKグループとして、当社の親会社のYKKはすでに72の国と地域に進出しております。グループ各社の中でも先陣を切って各国に進出していますので、(子会社である)当社が今後さらに海外での事業に取り組むことになっても、全くノウハウがない状態ではありません。このことが当社の将来的な海外進出を推進する際に、大きな力になると考えています。
【ナレーター】
魚津のビジネスパーソンとしての原点は支店長時代にある。住宅事業の営業部門に配属され、地道な営業活動を経て支店長に抜擢されるなど、順調にキャリアを重ねる。その後、次期幹部候補の育成を目的とした研修の中で、魚津はある提言をした。
【魚津】
「樹脂窓」について提言しました。
当社はそれまでアルミサッシメーカーとして、アルミサッシ関連の分野・設備に莫大な投資をしてきました。
その投資をこれから回収して利益をあげていくという時期だったにもかかわらず、このタイミングで経営陣に対し、「アルミではなく、樹脂に舵取りを」という、これまでとは大きく異なる提言を行いました。環境への配慮という観点を含めて、「これからの時代は、やはり『樹脂窓』である」と申し出ました。
当時、アルミサッシメーカーは当社を含めて何十社とありましたが、売上至上主義で価格競争を続けていました。私の提言の背景には「そうでなく、各社がもっと価値の高い商品をつくるメーカーになって、互いに共存共栄すべきだ」との思いもありました。
「今まで戦ってきた土俵ではなく、違う土俵に勝負を持っていきたい」。その際に武器となる商品は、初めはニッチなものかもしれません。しかし、「そこで風穴を開けて、その商品をやがてはスタンダードな位置にまで持っていきたい」と、私を含めた次期幹部候補たちは考えていました。
そこで、唐突ながら「『樹脂窓』という新しい未知の分野に舵を切りたい」という提言をしたわけです。
【ナレーター】
魚津の提言は、当時のYKK APの成長戦略や方針とは方向性を異にしており、経営陣からの反対意見も少なくなかったという。しかし魚津は、どうすれば樹脂窓で利益を生み出せるか、その準備を着実に進めた結果、2012年に窓事業全体の責任者に抜擢された。当時の心境について、次のように語る。
【魚津】
本当に売れるのか売れないのか不透明な中でも、樹脂窓に舵を切るように、すでに投資をしてきたわけですから、これは成功させなければいけません。
それを考えたときにまず、アウター(社外)向けには、(樹脂窓を通じて)環境に関する問題をしっかりクリアしていかなければなりませんでした。そのために、企業同士が環境に対する共通の課題を持ち、互いに協力してそれを解決していく方向や仕組みづくりの準備を行いました。
インナー(社内)に向けては、樹脂窓の特性である「断熱」分野に詳しい大学の研究者やオピニオンリーダーの方の講演会を開催しました。専門家の皆さんが話す内容を当社の社員たちに理解してもらうため、リハーサル時も本番の際も、その話を聞かせ続けました。
2012年から始めたこれらの活動を、草の根運動のように地道に繰り返し続けながら、樹脂窓の拡大販売と啓発に取り組んできたわけです。
新商品が社会に出る際に、「普及率16%」を超えられるかどうかが、市場に定着・普及するかを決める分岐点だとする「キャズム理論」があります。私自身はまず、この16%をいつ超えるのかを個人的な目標として持っていました。
【ナレーター】
この取り組みにより、樹脂窓の普及とシェア拡大に成功したYKK AP。そして魚津は、2023年4月に代表取締役社長に就任した。目標として、魚津がまず掲げたのが売上高1兆円だ。その真意とは。
【魚津】
従来のビジネスモデルで成功してきた企業がさらに成長・発展をしていくには、現在とは逆のことを追求するとか、全く違う分野に取り組むとか、そういった思想や知恵、アイデアを社員全員で考えて提案していくことが必要です。その結果、何か新しい、良い商品が生まれることにつながるのではないでしょうか。
営業・製造・技術・管理担当のそれぞれの社員が、全員で次の事業や商品について考えて提案していく。特に、発想が柔軟な若い方の知恵やアイデアが非常に楽しみだという思いから、売上高1兆円という新たな目標を掲げました。
【ナレーター】
挑戦を成功させるために、魚津は常に意識していることがあるという。
【魚津】
いかに自分自身で仕事を常に楽しむか、楽しめるように自分のモチベーション上げておくかというのが、これまで私自身が大切にしてきた部分です。
また、最終的にはプロセスの質が挑戦の結果を決めるので、プロセスの質が悪ければ、良い結果が出ないと考えています。
プロセスの質をどう高めるかというのは常に意識していますが、それと同時に、その後にどのような結果がついてくるかは「なるようにしかならない」という達観した気持ちも持っています。