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Vol.1 歴史

株式会社CDG 代表取締役会長 藤井 勝典 

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歴史(創業秘話、上場決意のきっかけ)

【藤井】

創業は昭和49年の4月でして、四国の高校を卒業して、突然、昭和49年に創業しようと思ったのは、昭和48年にオイルショックがありまして、銀座の灯は全部消えて、車もガソリンは一切ダメということで配給制になった。これから先、日本経済はおそらくダメになるだろうと。私が勤めていた製紙会社は、全国に営業所が10箇所ありましたが、東京と大阪を残して、ほかの8箇所を閉鎖したんです。

私は大阪、名古屋、東京の所長を、全部束ねていましたが、四国に帰ってくれということで、二十数人の営業マンを全部四国に帰したんです。いわゆるリストラですね。私はちょうど30歳だったので、マーケティングが好きだったので、四国へ帰るよりも、東京か大阪で仕事をさせてくれませんかと頼んだのですが、当時の社長は二十数人の部隊を全部、東京・大阪に置いておくということは、経費の問題で出来ない、四国でやってくれと言うので、何回も話し合いを行ったんですけど、ダメだということで、突然会社を辞めたんです。

だから、資本金といっても、貯金が100万あったくらいでしたので、当時株式会社を設立するのに200万必要だったんですが、100万を友達に借りました。とにかく株式会社にしたかったので、お金を借りて、1年間かけて110万円を支払って、それで株式会社を設立したのが経緯です。

1年目は私1人で、2年目に女子社員と、東京にいた弟の3人で始めました。オイルショックがなかったら、私はサラリーマンをずっと続けていたでしょうね。

【藤井】

上場しようと思ったのは、10年くらい前からですね。稲盛和夫さんが主催している、盛和塾という経営者の勉強会があるんです。私は11年前の53歳のときから参加しました。非常に強烈だったのは、京セラは全社員持株会を作って、それで上場したという話が、すごくこれはいいなと思ったのですが、当社の社員は本気でなかったんです。そこで新たに入ってくる人にも株を持たせていました。

そういうやり方を教わったのが稲盛さんですね。稲盛さんは「社員のモチベーションを上げるには、それが一番いいですよ。ただし、息子さんに会社を継がせる人にはあまり勧めません。」そうおっしゃっていました。私は息子がいて、当社で働いていますが、社長にはしないということを全社員に宣言しています。息子も納得して教育というセクションを受け持ってやっています。

将来、教育関連もしくは人事関連の取締役までは行く可能性はありますが、社長にはならないでしょうね。やはり営業関係の会社ですから、社長は他の営業の人がなるでしょうね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 藤井 勝典
役職 代表取締役会長
生年月日 1943/1/30

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