株式会社トランスジェニック ~遺伝子分野で成長するバイオベンチャー~

歴史

株式会社トランスジェニック 代表取締役社長 福永 健司 (2013年7月取材)

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歴史

【福永】

私もともと監査法人出身ですので、会社の創業時には関わっていないんですよね。ただ、当時バイオベンチャーブームで、会社が設立2年目から株式公開をしたいということで、そのときに株式公開支援という形で監査法人側として関与していたということになります。当社の方はそれから2年後に製薬企業2社と独自の遺伝子破壊マウス技術を評価されて株式公開を果たすわけなんですけど、早くも上場5年目ぐらいには非常に厳しい経営状況になったんですよね。経営危機と言っていいと思うんですけど。
そういう状況の中で当社に技術供与をしていただいたですね、当時熊本大学の副学長でもあった山村研一先生が会社の危機を救う形で社長の役を引き受けたと。それまで経営に携わっていた役員は全員辞任したんですよね。その時に。ちょうどその時に私は監査法人を辞めて独立開業しようかなと思っていた頃なんですけど、その経営管理担当の取締役がいなくなったという事で、当時私が一番自由で、なおかつ会社の中身もある程度知っていたという事で、山村先生に経営管理をお願いするという事で、管理担当取締役として最初当社に入社したという形になっています。

【福永】

それから1年くらい、当時社長だった山村社長と一緒に頑張ってきたわけなんですけど、山村前社長としては私のやり方に安心を覚えたのか、先生は大学の教授という要職も兼務されてましたので、先生は研究開発に専念すると。私が経営管理の社長に専念するという形で社長に就任した、という形になっています。
だから特に変わったエピソードでもなく、普通に1年間、2人と他の幹部とやってきて、信頼関係を持って社長になったということですね。

【福永】

(自分で会社を興す気は)まったくないですね。監査法人は非常に居心地がよかったですし、ただ、自分で自由な時間を持ちたかったという事で、13年監査法人にいたので、もう習う事もないなというのもあって、自由業というか自営業を選んだわけです。結果的に全然逆の方向に進んでいるという形になっています。私は人と接するのが好きなので会計事務所として独立していたらお客様と仲良く末永く付き合える人間を目指して頑張っていたと思いますね。

【福永】

一番苦労したのはバイオベンチャーですので、事業がない中で先行投資が発生するんですよね。だから当時の当社も売上高が3億で費用が9億。だから赤字が6億という構造だったわけなんですけど。そこをいかに事業性を確保していって、また費用をできるだけ効率化して、それを社員というか、各研究員に理解していただくのにやっぱり時間がかかったと。結果的に私とあまり話さずに辞めていった研究員もいますし、その辺りのコミュニケーションというかそこが一番苦労したところじゃないですかね。

【福永】

私が入社した当時は社員数50名ぐらいだったと思いますね。いったん減少に転じて30名ぐらいまでいったんですけど、今は逆に事業拡大の方へ向かっていますので35名や40名に増える局面になっていると思いますね。

【福永】

突然取締役になり、それから1年後に社長ですので、周りの反応が変わる間もなく今の仕事をやっていますので、そういう意味では人数も少ない会社ですし、みんな意思を共通してですね、ある程度意識を共有してやっていると思いますね。非常に少人数の組織ですので、組織的にはフラットな意見を言いやすい会社だと思います。

社長プロフィール

President's profile
氏名 福永 健司
役職 代表取締役社長
生年月日 1969/8/13
出身地 福岡県久留米市
愛読書 特になし

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