綜合警備保障株式会社 ~あの“砕けたCM”の真意とは。『ALSOK』誕生の裏側~

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プロローグ

綜合警備保障株式会社 代表取締役会長 最高経営責任者 村井 温 (2013年10月取材)

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―プロローグ―

【齋藤】

今日は皆さんご承知の綜合警備保障、ALSOKの村井会長兼CEOに大変お忙しい中お時間をいただいて、変革を遂げる時にどういう決断をされたかというようなことを伺ってまいります。村井会長よろしくお願いいたします。最初に今年の9月8日にブエノスアイレスでオリンピックが決まったということで我々みんな大喜びをしたわけですが、あの翌日御社の株がストップ高になられたということでびっくりいたしましたが、当然それは予想されていたことですか。

【村井】

いえ、ちょっとあそこまで上がるとは我々も思いませんでした。どういう関係で我々と結びつけたのかちょっとよくわかりませんでした。

【齋藤】

もちろんベースとして前期の業績も大変よろしかったということもありますし、それからオリンピックでいろんなホテルや施設の関係の警備なんかも増えるとか、あとは皆さんお馴染みの吉田沙保里さんや伊調馨さんの出るレスリングが同時に正式種目として継続ということでみんなすぐぱっとALSOK=オリンピックという連想が働いたんでしょうね。

【村井】

オリンピックがありますと相当の警備員が必要なんです。そうすると警備会社はこれからどんどん仕事が増えるだろうという、そういうご期待があったのかなと思っています。

【齋藤】

オリンピックといいますと、私は何かで読みましたが、創業者であるお父様が警察、官僚、最後に前の東京オリンピックの準備委員会の事務局次長をされていたそうですね。その頃こういう大きなイベントの警備が必要だなということから発想を得て一つのきっかけになってALSOKを作られたというのを読みましたが、実際にそういうことだったのでしょうか。

【村井】

そういうこともないわけではなかったんですが、もともと私の父親というのは内務省の役人で、終戦後の内務省の解体で警察に移ったんです。その時に警備警察というものを私の父親が事実上作り上げました。そのあと内閣調査室を作って初代の室長になったといういわば警備公安のプロなんです。彼がオリンピック組織委員会の事務局次長をやっていまして、その時オリンピックの施設の一部の警備を日本の警備会社が請け負ったわけですが、警備会社と申しましてもその警備会社がスウェーデンの資本の入った警備会社だったんです。そこで私の父親が日本の治安や安全は日本の会社がやるべきであるとそういう発想を持っていましたからそこでオリンピックが昭和39年に終わりましてそこでやっぱり自分が作ろうという。それがいちばんだったんです。

【齋藤】

なるほど。しかし因縁ですね。これでまた7年後に今度は会長の手でさらに大きくなったALSOKがおやりになると。

【村井】

ほんとにそういうのは因縁ですね。もう少し言いますと今のJOCの会長は竹田さんですね。東京オリンピックの時もたしか竹田さんがJOCの会長で向こうの方も親子で、こちらも親子でやれるのは楽しいなと思っています。

社長プロフィール

President's profile
氏名 村井 温
役職 代表取締役会長 最高経営責任者
生年月日 1943/2/12

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