株式会社アッキーインターナショナル ~日本製製品を前面に押し出した免税店を秋葉原を中心に展開~

Vol.2 免税コーナーの売上拡大

株式会社アッキーインターナショナル 代表取締役社長 阿部 英行 (2015年5月取材)

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免税コーナーの 売り場拡大とその後の危機

【聞き手】

だんだんなんか少しずつ大きくなって売り上げが上がって、お客さんの数が増えているなっていうのを実感され始めたのはどれくらいですか。

【阿部】

そうですね。認められたのはね、昭和55年だと思う。だから49年に来ましたから、6年くらいしてからね。

【聞き手】

6年間ずっとそこで。

【阿部】

なかなか月商で2000万。少しずつ上がったんですよ。でも2000万に行かないんですよ。いつも1800万ぐらいで終っちゃうんだね。

【聞き手】

もうあと1歩ぐらいなところで。

【阿部】

その時にあるオファーが来てね。私は本店に配属されたんですけど。そこがね3階の一番奥が免税のコーナーだったんですけど。7階にね催事場があったわけ。その催事場もやめるから、そこで常設でやってみないかと言われたのが1つのきっかけなんですよ。

【聞き手】

それはすごいことですね。もう面積もずいぶんと大きくなるわけですからね。

【阿部】

それまではね、12〜3坪かな、売り場がね。一気に40坪とかになるわけですよ。不安だったのは、3階だったのが、7階までお客さんがくるのかということが多少はね不安だったんですね。でも、結果的には成功してね。1700〜800万しか売れなかったのが、一気に5000万ぐらい売れるようになったんですね。

【聞き手】

ラオックスさんの中には免税というコーナーが非常に大きくあって、展開されているというイメージが非常にあるんですが。当時のいわゆる家電量販店さんって、なんかそんなに免税に力を入れている印象が。

【阿部】

ないですね。

【聞き手】

やっぱりその通りなんですかね。

【阿部】

僕がやめる13年位前までは家電の免税の分野ではぶっちぎり、ダントツトップでしたよ。

【聞き手】

いまでこそ色々な大手さんもやってらっしゃいますけど、本当にイメージとしてはラオックスさんが断トツで。

【阿部】

ダントツでしたね。

【聞き手】

そこをやって来られているわけですよね。

【阿部】

そうですね。でね、やっぱりピンチもあったんですよ。例えば1986年のプラザ合意のあとの円高ですよね。あのときは確か一挙に200いくらだったのが、一挙に140、150円までいったのかな。大変つらい思いもしたけども、さっき言ったようにやっぱりねみんなやめちゃったのよ。僕は止めなかったの。会社もやめろやめろと言いましたよ。そのうち1ドル100円になるぞと言われてね。それでもやめなかったよね。止めなくて努力もした。

【聞き手】

止めないで努力をしてどうにか変えていこうというふうに思ってらっしゃったのは、なにか勝算じゃないですけど、ご自身の中にあったのか。

【阿部】

あった。それはね、発想を変えたんですよ。円が高くなればなるほど、外国に企業が行くと思ったのね。工場を移転する、事務所を移転する。もちろん旅行者も増える、海外に行く人がね。で、こういうA4のパンフレットを作ってね、都内で100万部まこうと思ったの。で、売り上げもないから経費も使えないじゃないですか。人海戦術ですよ。毎回朝7時くらいにきて、100人くらい動員するわけ、社員を。で、大手町だとか新橋だとかそういうところに行って配るわけですよ。封筒に入れてね。ティッシュを入れてね。タイトルは海外赴任はもうお決まりですがってタイトルなのよ。あの辺は商社やメーカーが多いでしょ。                  で、今まで僕は外国人に売ることしか考えていなかったからね。その外人にはねそこそこ有名だったんだけど。日本人の人が輸出向けの製品を国内で変えるということはね。一般の日本人は知らないと思っていたわけ。それでそういうことをやったんですよ。

【聞き手】

それはすごい発想の転換ですね。

【阿部】

それでね、毎週月曜と金曜日は朝早くチラシをまきに出かけるんですね。その他の暇な日は夜11時くらいまで、パンフレットを作るのよ。1万部2万部まくのは簡単なんだけど。それを作るのがね、これが結構大変なんですよ。だから、それに加わった当時の社員はこの会社をやる時に、来てくれて今もいますけど、本当に苦労しましたよね。半年くらいをそれをやりましたからね。

【聞き手】

当時いらっしゃった方もあれですね。もういまや武勇伝ですねそれは。そういう時代があったから今がこうあってっていう。

【阿部】

その時にね、みんな辞めちゃったんですよ。もう合わないっていうんでね。僕はやり続けてね、競合が無くなっちゃったから、残った1つが断トツになるというこういう理屈だよね。

【聞き手】

残れないとみんな止めるわけじゃないですか。無理だと思って。無理じゃない、考え方を変えれば、自分たちでやれるんだということをやられたことがすごいですね。

【阿部】

こだわりもあったんでしょうね。じぶんでやっぱり10年以上やっていたビジネスがね。やっぱり未練もあるしね。どうやったら同じことを続けられるのか、そういうこだわりだと思いますよ。

社長プロフィール

President's profile
氏名 阿部 英行
役職 代表取締役社長

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