株式会社オークローンマーケティング(ショップジャパン) ~「ビリーズブートキャンプ」などヒットを連発~

転機となった出会いと日本での起業

株式会社オークローンマーケティング(ショップジャパン) 代表取締役社長 ハリー・A・ ヒル (2015年10月取材)

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転機となった出会いと日本での起業

【ハリー】

当時は、岐阜に入っていろんな友達も作って、結婚も出来て。

【聞き手】

はい、その3年半の間に結婚。

【ハリー】

結構いろんな出来事があって、日本語も凄く上手になりましたけど。

【聞き手】

それはやっぱり奥様が日本の方でいらっしゃいますよね。

【ハリー】

はい。

【聞き手】

やっぱり奥様の力も大きいですよね。

【ハリー】

それはありますね。ただそこは、実はですね、そこに当時は、国際電話も高いし、周りにも他の外国人、西洋人はいなかったから、3年半になって自分でもアメリカの心がちょっと少し薄くなったと。それは自分の存在、本当に自分の存在がどういう人なのかと。

【聞き手】

アイデンティティみたいな。

【ハリー】

アイデンティティが、ちょっと迷いがあって。やっぱりアメリカ帰るべきだというふうに思って、88年岐阜の仕事が終わって、アメリカに一時帰国しました。

【聞き手】

そんなヒル社長が、また再び日本へっていうきっかけというのは。

【ハリー】

アメリカに戻って、ちょうど1989年、88〜89年ですけど、そこで自分でちょっとウォール街で勤めて、そういうふうに経験したいと思いましたので、日本の証券会社に入りました。

アメリカに帰って、色々刺激があったんです。面白かったのは、3年半の岐阜での自分の成長はとても早かったですね。どんどん色々な新しいチャレンジ、可能性が見えて、自分はこれから成功するんだとか、社会貢献も出来るんだとか思ったんですけど、アメリカに戻って普通の人に戻りました。このままだと、成功への道が、ちょっと長いんじゃないかと。で、また逆に日本に戻ったら、もっと早く色々な事が出来るんじゃないかと、自分で主導権持って、10年15年でやっとちょっと上に行くじゃなくて。すぐに自分で会社をつくって、より貢献出来る、より成功出来る。そういう思いが強くなって、会社を1年ちょっとで辞めて、日本に戻りました。

【聞き手】

ちなみに、その日本の最初の出会いが岐阜県だったので、日本でのビジネスの最初のスタートっていうのは、名古屋。

【ハリー】

名古屋で会社を作っていました。1991年の1月です。
1990年の12月にちょうどABCN、アメリカンビジネスコミュニティ名古屋。名古屋米国ビジネスコミュニティが新たに、アメリカの駐在事務所が企画して作ったんですよ。その時は、最初のミーティングに行って出会ったのが、このオークローンマーケティングを創業した、ロバート・ローチでした。

で、ロバートと私が、2人とも、当時もちろん青年ですけど、彼も貿易とか自分で会社を持って、若いエネルギーで積極的に何かやりましょうと。私も同じ。彼が貿易、私が国際交流。で、2人やってどうなるんだと、敵になるのか、だから、一回敵になったら、これがもう絶対死ぬまで敵なのか、友達になるのか、どっちにするか。それで、2人で手を組んでやりましょうと。

エイチアンドアールコンサルタンツという会社が、名古屋初の外国人向けのリロケーションの会社を作ったんですよ。それが彼と私の初めてのきっかけなんですけども。当時は私達は若かったし、起業家精神を持ってたから、どういう風にチャンスをビジネスに変えるかってなると、2人共強い精神がありましたから、12月に出会って会社が始まったのが、多分2か月後だったんですよ。

【聞き手】

そのぐらい意気投合して、お互い一緒にやっていこうっていうようになった。

【ハリー】

そうです。

【聞き手】

なるほど。

社長プロフィール

President's profile
氏名 ハリー・A・ ヒル
役職 代表取締役社長

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