ミニット・アジア・パシフィック株式会社 ~弱冠28歳で社長就任。靴修理・合鍵作製の『ミスターミニット』を550店舗以上展開~

Vol.3 二度目の転職と社長就任秘話

ミニット・アジア・パシフィック株式会社 代表取締役社長 迫 俊亮 (2015年10月取材)

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―二度目の転職と社長就任秘話―

【迫】

営業から、店舗づくりから色々なことに取り組ませていただいたんですが、特に店舗づくりは実際に木を切ったりもしていたんです。

【聞き手】

そうなのですか。

【迫】

その後、財務、経理、マーケティング。なので、小売りに関わるありとあらゆることを、規模が小さいということもあって、やらせていただいた時期でしたね。

【聞き手】

立ち上げに近いところから、ずっと皆さんと一緒にやってこられていて、今やたくさんの店舗を持ってらっしゃって、多くの人に知られるような会社にマザーハウスはなっていったと思うんですけども、そのままそこにいて、さらにビジネスを大きくしていくという、そういう選択もあったかと思うのですが、そこもまた、迫社長の中に大きな転機が訪れるわけですよね。

【迫】

まずは事業立ち上げを2年くらいかけて日本でやって、そのあと海外拠点の立ち上げをやったんですね。私は台湾でして、台湾に1人で行って、事業を立ち上げて、大体2年間くらいいました。ということで合計、4年から5年、マザーハウスにいる中で、成長はしていたんですけども、本当はもっと成長しているはずだったんですね。

途上国から世界に通用するブランドをつくるということでしたので、バングラデシュとネパールで生産じゃないですか。もっと、アフリカだったり南米だったり、中東だったり、販売国も日本と台湾だけではなくて、中国もそうですし、ニューヨーク、パリ、ミラノというのを、皆疲れながら深夜議論していた日々でした。ではなぜ5年でそこまでいかなかったのだろうと考えたときに、この会社の方向性は正しいんじゃないかと思っていたんですよね。それを実際に私がチームメンバーとしている中で、もっと自分が経営のプロとしてこの会社をよくすることを貢献できていたら、この会社はもっと成長できていたのではないかと。自分にはまだまだ色々なものが足りないのではないかと。それは、このままマザーハウスにいて得れるものなのかと、逆にマザーハウスの可能性をつぶしてしまっているのではないかと思ったのです。

では、一旦外に出て、そういうプロとしての経営を身につけるというのもひとつの道ではないかというふうに考えて、友人に相談したところ、彼はもともと、投資ファンドで働いている人で、ではそういうことをやりたいのであれば、投資ファンドというのは経営のプロなので話してみればいいのではないかと言われました。

それで面接をして、最後、パートナーの面接まで行きました。ただ、私はファイナンスのバックグラウンドが全くないので、「君は投資家になりたいのか、それとも経営者になりたいのか」と魂胆がバレたんですよね。「すみません、実は投資家は全く興味がないです、経営者になりたいんです」と答えました。そうすると、そこの投資先で、ミニット・アジア・パシフィックという面白い会社があって、そこで海外事業ができる人間を探しているんだけど、そこはどうと言われました。そこで、是非やらせてくださいといった形で、この会社に関わることになったというのがきっかけです。

【聞き手】

入社された時の、いわゆる経営状態というのはいかがだったのでしょう。

【迫】

経営状態は正直に言って、なかなかうまくはいってなかったですね。

【聞き手】

あれだけ多くの店舗を持っていらっしゃって、サービス展開されていても、あまりうまくいってなかったと。

【迫】

はい。なかなかうまくいかないところもありましたね。

【聞き手】

実際にやられてみて、今までやってこられたことは、また違ったビジネスモデルという形だと思うんですけども、実際立て直してみて、どうでしたか?

【迫】

色々大変なことはあるのですが、当社でよかったのは、店舗にいる現場の人たちが色々頑張っているんですね。ただ、そこに対するサポートが足りないですとか、武器が足りないとか、そういうことが問題で、なかなかうまくいってなかったので、そこの現場の人達の頑張りを、より頑張れるようなシステムをつくったりですとか、サポート体制をつくったりですとか。靴修理だけでなくて、新サービスをもっと入れて武器を増やすとか、そういったことをやれば、うまくいくような会社なのだろうなと思っていたので、実際にそれをやって、今は非常にうまく回っていると思います。

【聞き手】

実際に課長としてご入社をされて、1年3ヶ月くらいで、経営者になられて、このいわゆる急速な出世はご自身の中ではどうですか?

【迫】

私自身、この会社に入るときは、社長になろうとは思っていなかったので、気づいたら社長になっていたという感じですね。

【聞き手】

もうそれは、目の前のことをどんどんやっていく中で、やはり周りから認めてもらえる環境にあって。

【迫】

そうですね。あと、社長になったほうが、今やろうとしている色々なことがやりやすいだろうなと思ったので、「社長にしてください」と、最終的には自分からも言うようにはなりましたね。

【聞き手】

入社をされて、全くの異業種というか、サービスから来られて、ご年齢も当時20代でいらっしゃったと思いますし、そんな中に、1年ちょっとの間で経営者に抜擢されるということは、日本の企業ではなかなか考えづらいところではあるのかなと思います。

【迫】

2つあって、1つは私達の会社として職人の会社なので、技術ができる方が偉いんですよ。年齢は関係ないんです。技術ができて早いという人は皆から尊敬されて、その人が出世するんですよ。そういったもともとの会社の風土があったのと、あとはこの会社がファンドを持っていて、そのファンドとしては一定期間内にこの会社をよくしたいと。それがよくなれば、若かろうがどの国出身だろうが、性別がどうだろうが気にしないんですよ。

【聞き手】

ご自身の中では、うってつけの環境ですよね。

【迫】

そうですね、ありがたいことに。こんないい会社はないなとは思っていますね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 迫 俊亮
役職 代表取締役社長

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