株式会社内田洋行 ~年商1,000億超、創業100年を超える業界最大手企業~

入社当時のエピソード

株式会社内田洋行 代表取締役社長 大久保 昇 (2015年9月取材)

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―入社当時のエピソード―

【聞き手】

本日はですね、創業から105年を迎えられまして、常に業界を牽引してこられました、株式会社内田洋行代表取締役社長大久保昇社長にお話を使っていきたいと思います。
それでは社長よろしくお願いします。

【大久保】

よろしくお願いします。

【聞き手】

実際に1番最初についたお仕事というのは。

【大久保】

教育機器という分野で、理科の実験器具だとか、学校で使う教材、学校といっても主に小中高で使う、特に小学校中学校ですね、機器を取り扱う、そういうのやっていた部署だったと。私は教員を目指したというか、教員免許(試験)を受けて、大阪で物理の教員試験に受かったりしていたのでまぁちょうど実験器具の説明ならちょうどいいなという軽い気持ちで、そこの部署に入りました。

【聞き手】

いざどうですかお仕事されてみて。

【大久保】

いや実際は全く、そういう時も一部だけありましたけどね。地方に行って比較的、他の分野に比べて、教育機器を扱っている会社の方いうのは規模は小さいんですけども。いわゆる商店ですよね。そういうところ、岡山県でしたけども。そういうところを回るんです。毎日何件とかですね。ビジネスってこうものかふうなのかということを体験しましたね。特に私の部署は出張形式でしたので、月曜から金曜までずっと出っ放しでしたね。

【聞き手】

本当に、飛び回ってる感じで。

【大久保】

そうですビジネスホテルを転々として。そうすると最初の1年目2年目の途中ぐらいまで、うちの社員とどこか出張先でばったり会うとですねずっと話しているんですよ。あまり他人とばかり話しているのが。

【聞き手】

急に身内に会ったという。

【大久保】

そういう感じはあったんでしょうね。1年目はわりと体調、お腹を壊したりしていたんですけども、人間ていうのは不思議なもので、2年目の途中からどこで寝ても平気なようになりましたね。
そこからはどんどん平気になって3年目からは得意先が小規模なところが多かったので自宅を兼務しているところが多かったんですが、泊まらないかと言われたときに、私にはその時の辞書にはノーという言葉がなかったですね。
ああ、じゃあ、ということで、岡山を担当してる時は半分ぐらいのお宅に泊まりましたね。

【聞き手】

そこまで薬局様に入り込む営業とゆう感じだったんですね。

【大久保】

それはね、私は自分が営業マンなんて思っていなかったんですよ。だから、自分でも営業マンなんてできるのかなぁと説明員だからできるんだと思って。でも誰でもできるんだとその時に思いました。

【聞き手】

それはなぜですか。

【大久保】

そんなに知らない人と、今はそう思われてませんけども、知らない人と話すのは得意ではなかった人間でもこうやってできるんだと。だから1年経てば誰でもできるようになるんだとその経験で思いました。

【聞き手】

実際に、その地方出身でいわゆる商品を営業しておられるような、営業マンの時代があったわけですが。

【大久保】

もうおそらく今までの歴代の社長や代表の中でももっと最も地方のどさ回りはやったと思われますね。かつ私はシェアの低いところ当時よくもっていたので。それが結果的に後から考えると良かったですね。いう事は誰も聞いてくれないので。そんなもんだと思ってしまったというのはありますね。

【聞き手】

じゃあなんで聞いてくれないんだろうというのではなくてそういうもんだからと頭に置いて。

【大久保】

ただやはり付き合っていれば、そのうちわかってくれるんだというのはありましたね。最初の地区は2年間ですけども、2年目の途中ぐらいから急に私の意見を聞いてくれるようになりました。やっていれば通じるんだなぁという。

【聞き手】

それはどんなことにでも、今は言えるなというか通ずるところだと思いますか。一生懸命やっていれば必ず。

【大久保】

それは思いますね。あのだから、ときにはハッタリも必要だと思うんです。ただ、ハッタリも長くは続かないので。いっぱつの時は、ばん!とハッタリをかますのは必要かもしれないですけれども、基本的にはずっと真摯さを示してくれればわかってくれるのはあります。どうしても短時間でやらなければならないというとき、突破しなければいけないというときにはテクニックも必要だとは思いますが、少なくとも時間があればいつかはわかってくれるというのは、そういうときの感じで思います。

社長プロフィール

President's profile
氏名 大久保 昇
役職 代表取締役社長

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