株式会社イトーキ ~売上高1,000億超、創業120年超のオフィス家具、事務用品の老舗企業~

Vol.1 “禅”の教えと銀行への入行

株式会社イトーキ 代表取締役会長 山田 匡通 (2016年3月取材)

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プロローグ

【聞き手】

ファシリティ環境の提供を通じて企業や人々の仕事を支え続けて126年目、株式会社イトーキ、代表取締役会長、山田匡通会長に本日はお話を伺っていきたいと思います。それでは山田会長、宜しく願い致します。

-”禅”の教えと銀行への入行-

【山田】

山田家というのは、曽祖父が二本松というところで、製糸工場をつくり、その頃のベンチャーの立ち上げに成功した人、二本松製糸工場というのですが、日本で初めて株式会社をつくったと言われています。それをつくって、海外に展開した人ですね。ニューヨークにまで行って、事業をニューヨークで展開したような人ですから、成功していたんですね。

しかし、それは戦後にすべて失うことになりまして。それで何のための人生かってところから、彼、私の父親は禅に入っていったんですね。相当真剣に進めてきたものですから、その影響を受けて僕ももちろんやりました。

やはり終戦という一つの大きな人生の大転換が、私の父親を禅に導いたということと同時に、私の母親は医者でしたから、それが健康面で支えになって、医者としての事業を同時にやりながら父親を支えたとこういう環境ですね。

【聞き手】

そういうことをされることによって、自己を内省するといいますか、自分について深く考えるというのは、割と小さいころから癖のようになっていらっしゃったのですか。

【山田】

僕の場合は終戦後のどさくさの中で、一番若い1歳から4歳までを過ごしてきましたし、今でも覚えている苦労といいますか、そういうものを通して振り返ってみると、内向的な口数の多くない、今とは違うイメージかもしれませんけれども、そういう感じの幼少時代だと思いますね。

その中で、親父からの禅というものが、内に向かって色々なものを求めていく方を重視するという教育でもあったし、そういうような方向でずっと幼少時代を過ごしたと思いますけどね。

【聞き手】

将来はご自身としてはどういう道を歩んでいこうというふうに学生時代は考えておられたんでしょうか?

【山田】

これは振り返ってみますと、僕自身としては何になりたいかというよりも、正直言って非常に精神的に不安定だったんですね。非常に口数が少なかったということは、内面的に非常に精神的な不安定感というか、何が原因かわからないこの精神的な不安定感をなんとかしたい、解決したいという思いが強かったです。

何になりたいということよりも、精神的な安定を得たいというのが一番の思いでしたね。それで一生懸命座禅なんかもやったんだと思うんですけれども、

【聞き手】

実際に慶応義塾大学に進学されて、社会人になられる時に銀行を選ばれます。

【山田】

僕が進んだゼミは理論経済学などを専攻する評判の高いゼミで、そこの中で先輩も含めて三菱銀行が非常に評判が良かったんですよ。成績が優秀な先輩たちがみんな三菱銀行を目指して入っていったんですね。

何人か僕の先輩が僕の進んだゼミから行っていて、その人たちの話も聞いていたということ。それから慶応の同期のナラシタという人なんですけど、この人が銀行に行って非常に成功して、副頭取になって今でもいますけど、そういう環境の中でなんとなく、三菱銀行というのは福岡ゼミの環境の中では、就職歴の会社としていいイメージがあった。それがもう1つあったということ。

それからもう1つは、さっき申し上げたみたいに僕は非常に精神的な不安定さに悩んできました。銀行というのは、一種の安定感を与えてくれる事業な気がしたんですね。産業の全体を見渡しながら一定のバランスを維持しながら事業ができるという。そこの雰囲気が、僕が求めたものに、なんとなく合致したんじゃないかと思うんですね。

その時にたまたま私の慶応の先輩が頭取をやっていたんですね。そういうようなことも含めて。

【聞き手】

ご縁があったんですね

【山田】

あったのだと思います。

社長プロフィール

President's profile
氏名 山田 匡通
役職 代表取締役会長

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