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Vol.2 ビジネス人生を大きく変えたMBA留学

株式会社イトーキ 代表取締役会長 山田 匡通 (2016年3月取材)

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-ビジネス人生を大きく変えたMBA留学-

【聞き手】

実際に入行されて、銀行マンのお仕事はされてみていかがでしたか?

言ってみれば、振り返るとビジネスマン人生の長きは金融マンとして過ごしていらっしゃるのですが。

【山田】

正直言いまして、あまり銀行は楽しくなかったです。

その時に初めて試験を受けて留学ができる、留学制度というものが銀行でできたんですよ。銀行の日常の仕事から離れたいがために、その留学の試験を受けたんですね。そして、通ったんです。

通ったのですが、その時の最初の試験の時は、銀行側も勉強をしていなくて、どこに行ってきてもいいと。フランスでもドイツでもアメリカでも、何をやってきてもいいから2年間は留学費用を出すという、こういう極めて曖昧な制度だったんです。

そこで僕は2年間の時間を与えられたと考えて、ただ2年間遊びに行っても無駄になってもいけないから、何か2年間で資格が取れるものがないか、自分で考えて調べました。そうしたら、アメリカは2年間でNBAという制度があって、そこで初めてビジネススクールの存在を知って。そのビジネススクールの試験は日本でも受けられることを知って、とにかくどこでもいいから10校受けました。

2年間、銀行を離れるのが目的ですから、万が一落ちたらいけないということで、ハーバードから、ペンシルバニア、スタンフォードも、とにかくどこでもいいから受けました。ところが全部通ったんですよ。その時は試験の結果がたまたま良かったんですね。それで、ハーバードに行くことにしました。

果たしてその選択が正しかったのか、MITも通っていましたし悩んだのですが、行ってみてハーバードが一番良かったです。良かったと思ったんですけど勉強がきつかったんですよ。非常にきつくて、最初は落第すると思って、その恐怖を初めて感じた時期があったんですけれど、振り返ってみると、一応卒業はできましたから、一種の自信になりましたね。飛行機に乗ったのも初めてだし、アメリカも初めて。そこで2年間やって、非常に苦しい、厳しい学校をとにかく卒業できた、それも優等生じゃないです。

日本に帰って優等生のレベルの人もいますが、僕はそうじゃなかった。でも平均よりは上で、上から3分の1くらいで、本当に優等生は上位5%くらい。これだけ厳しい生活をクリアしたのだから、これから何が来ても大丈夫だ、みたいなそういう自信は付きましたね。

【聞き手】

銀行の仕事は面白いと思えなかったという話でしたが、戻ってきてからもやはり同じような思いでしたか?

【山田】

戻ってきてからは面白くなりました。やはり色々なところでつけてもらうポジションが違ってきましたね。

それはなぜかというと、頭取が海外からロックフェラー、JPモーガンの役員などが来たりした時に、電話ができない。若いやつの中で通訳ができるやつはいないかと話になって僕が抜擢されて、頭取との間をすべて取り持つわけですよ。これがすごく勉強になったんですね。

なぜなら向こうは名だたるロックフェラーだとかJPモーガンの会長といった三菱の頭取と面談するレベルですから。そこに僕が入って、僕が通訳しないと彼はわからないわけですからね。

【聞き手】

ハーバードへの留学がビジネスマン人生を大きく変えたということでしょうか?

【山田】

変えましたね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 山田 匡通
役職 代表取締役会長

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