株式会社ファンコミュニケーションズ ~アフィリエイトビジネスを開拓した創業者が語る、業界革新の軌跡~

Vol.2 広告業界を辞めて気づいた新たな市場

株式会社ファンコミュニケーションズ 代表取締役社長 柳澤 安慶 (2016年8月取材)

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―広告業界を辞めて気づいた新たな市場―

【聞き手】

でも、そういった経験をしながら、起業までにはまだ道のりがあると言いますか、転職をしているわけですよね。

【柳澤】

そうですね。

【聞き手】

そのきっかけというのは、何だったのですか。

【柳澤】

広告をずっとやっていきたいと思っていたのですが、1990年初頭のバブルがはじけて、広告業界はどんどん元気がなくなっていったのです。その元気がなくなっていった中で、僕が唯一面白みを感じた領域というのが、コンピューターなのです。ちょうど『Windows』が日本に進出してきて、パソコンや情報化が進むタイミングで、そういうコンピューター関連の広告をいくつか担当させてもらったのです。その経験がすごくあって、これからはコンピューターの世界になるので、もし自分が面白い仕事をやりたいと思ったら、これを早く自分のものにしなければいけないという感覚を強く持ったのです。そういうふうに思っていたところに、たまたま友人の兄貴から、そういうコンピューター絡みの仕事を手伝わないかという話をもらって、思い切って広告業界を辞めて、そちらに転職したのです。

小さなソフト会社で、その会社のマーケティングの手伝いですよね。あとは、外部のソフト会社のマーケティングを支援するようなことをやろうということだったのですが、そのマーケティングの支援をする道具として、インターネットというものが使えるのではないかというのが、その頃です。1994年ですから、まだ世の中にインターネットという話はない時代なのですが、たまたま僕を誘ってくれた社長さんがすごく先見の明のある人で、インターネットの存在を知って、それをビジネスに生かそうということで、そこからですよね。生かすのだったら、もっとサービスとして確立させようということで、色々調べていくと、プロバイダーというビジネスがあるぞと。インターネットに接続させるサービスですね。それを実現しようということで、企画に入っていって、それがプロバイダー事業のスタートになるのです。とにかく、何もなかった時代なので、技術者もいない、インターネットを知っている人間がほとんどいない中で、それを個人に電話回線を使って接続させて、サービスとして提供しようというわけですから、むちゃくちゃですよね。でも、94年の10月1日にサービスをスタート したら、スタートと同時にものすごいアクセスがありました。

【聞き手】

そうなのですか。

【柳澤】

ええ、会員の申し込みですね。

【聞き手】

では、早くからそういうものに注目していた方は、日本にもたくさんいらっしゃったということですね。

【柳澤】

そうですね。もう皆さん、待っていたのですね。インターネットというのは一部の企業や大学しか利用できていなくて。個人にもサービスが開放されていたのですが、とても高くて使えるものではなかったのです。それをかなりの低料金で提供するというサービスだったので、大変な反響でした。

社長プロフィール

President's profile
氏名 柳澤 安慶
役職 代表取締役社長
生年月日 1964年10月20日

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