株式会社八天堂 ~倒産寸前から復活!奇跡の『くりーむパン』誕生秘話~

Vol.3 イノベーション=スタンダード×スタンダード

株式会社八天堂 代表取締役 森光 孝雅 (2017年4月取材)

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―イノベーション=スタンダード×スタンダード―

【聞き手】

がらりと方向転換をされたということですが、当時はまだパンの種類はたくさんあったのでしょうか?

【森光】

ええ。ただ、1店舗ずつでいえば、小売店は多くても5、60種類でした。でも、今度はこだわった卸をしていて、県内の量販店さんに結構卸をさせていただいたのですが、気が付いたらそれぞれの量販店さんの種類が100種類を超えていました。どんどんできていって、最初は良かったのです。それで立て直すことができたのですが、うちが三原から県内へ進出していって(成功したことで)、それぞれの地元のパン屋さんもこだわったパンをつくられるようになっていきました。

【聞き手】

どこかがうまくやっていれば、「うちも」となりますよね。

【森光】

地元のパン屋さんと比べたら、今まではなかったのでそれでも差別化ができたのですが、今度は地元に同じようなものがあるわけで、しかも売り切れたら、距離が距離でしたので、私は1便しか持っていけませんでした。地元のパン屋さんは近くなので、売り切れたら2便目も行けます。一番の問題が、地元のパン屋さんに比べ、クレーム処理にすぐに行けなかったことです。そうなってくると、もう必要となくなってきます。またこういうふうになりかけていました。今度、どん底に来たらこんなチャンスは二度とないとわかっていました。その時が有難いことに、世の中に“1品専門店化”をされて成功されている会社が、東京を中心として結構ありました。地元でもそういう方がいらっしゃいました。ですから、よく選択と集中と(言われますが)、特に中小企業は厳しい時は得意なところに資源を集中してと、そういうことを何度も聞いてきましたから、弊社もそれだと。目的買いをされるようなパン屋になっていかないといけないということが頭に常にありましたので、「よし、原点に今1度帰るならば、専門店化をしよう」となりました。パンも専門店なのですが、その中でも目的買いをされるような、わかりやすく言えば1点集中で、1品専門店をやっていこうということが覚悟を持って決まったんです。

【聞き手】

ちなみに、100種類あった中でなぜクリームパンだったのですか?

【森光】

シュンペーターという学者がイノベーションを定義づけています。「“あるもの”と“あるもの”との掛け合わせで新しいものを」というのでイノベーションを定義しているのですが、その中の、“あるもの”と“あるもの”の解説で、“スタンダード×スタンダード”というフレーズが飛び込んできたんです。私もその時には何の商品を1品にというテーマが決まっておらず、ただ集中していこうというだけでした。

では何をコンセプトに、テーマにしていくのかという中で、そのフレーズと出合ったというのは大きかったですね。“スタンダード×スタンダード”ですよね。となればあるもの。パンであるものでいったらアンパンやクリームパン、メロンパンなどです。もう1つの掛け合わせを悩みました。その中で“くちどけ”というキーワードが出てきて、このスタンダードの掛け合わせは、例えば形や売り方でも味でもいいわけです。食感も大きな要素です。その食感の中で日本人の大好きな“くちどけ”というのがありました。パンで“くちどけ”というのはないよねと。パンでくちどけをイメージすればするほど、ケーキのようなスイーツのようなイメージができてきて、イコール手土産につかってもらえる。これは市場をつくっていくという意味にも当てはまるというイメージがどんどん出てきて、“くちどけ”を表現するようなこのスタンダードなパンでというので、開発にとりかかっていきながら(他の)パンをやめていったということでした。

【聞き手】

それが究極のクリームパンだったわけですね。完成したときは「これでいける」と思われましたか?

【森光】

一筋の光が見えました。また、1品ですから「これでいかなければ。これしかない」というところの強さというのは非常に力が出ました。それと、自分のためだけにやっていません。社員のためや周りについてきてくれた、お世話になった方々のためにやっていこうという、誰かのためにやっていこうというのは力が出ます。もちろんお客さんも含めてです。そういう思いに変えられたというのは非常にベースにありましたね。

【聞き手】

売り出してみての反響はいかがでしたか?

【森光】

少しずつここに近づいていきました。パッケージも違っていましたし。

【聞き手】

最初は(パッケージは)全く違う感じでしたか?

【森光】

全然違うパッケージでした。広島県内で色々と試させていただいて、少しずつ感触を得ながら、そこからお客様から「もっといい袋、箱はないの?」と言われるので、手土産というイメージはしていましたが、それで確信に変わっていきました。これは間違いなくパンの手土産市場だと。大きく言うと、新たな市場をここで掴めるのではないかと。もちろんこれは東京にもなかったことですから、東京でもこれはいけるなという自信が少しずつ芽生えてきた時でした。

【聞き手】

実際に東京で売り出してみて、あれだけ行列ができるお店になったのをご自身でご覧になって、いかがですか?

【森光】

いい出会いがありました。これは全部私が製造から営業から販売までしたわけではなくて、販社にお願いしました。ただ卸すだけではなく、この思いをわかってもらって一緒になってつくり上げてもらえる熱い思いの方を探していこうということで、ある会社の社長との出会いがありました。それが大きなきっかけで、今がある要因の1つです。そして我々はつくるほうに特化していくという、いい意味で役割分担ができたと思います。この出会いは非常に大きかったですし、そしてちょうどその時期にメディアに取り上げていただき、なおかつ品川という、全国に情報が広がりやすい、新幹線と空港、空の便、この品川である程度認知していただという条件が重なったというのが大きな要因だと思います。

社長プロフィール

President's profile
氏名 森光 孝雅
役職 代表取締役

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