イートアンド株式会社 ~新社長が語る『大阪王将』成長と躍進の原動力とは~

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Vol.2 “売れる商品”とは

イートアンド株式会社 代表取締役社長 仲田 浩康 (2017年9月取材)

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―“売れる商品”とは―

【ナレーター】

その後、自身のライフスタイルと向き合い、転職を決意。たまたま見ていた求人誌の中の当時、大阪王将という社名だったイートアンドの広告に目が留まった。

【仲田】

求人誌をぺらぺらと見ていたら、「大阪王将営業職募集」とありました。「なんで、大阪王将で営業職なんや」と。店舗従業員募集ならわかりますが、「営業職募集」でしたので、これはおかしいなと思いました。既に内定も出ていましたし、大阪の会社ということもあり、とりあえず1回行ってみようと、大阪の本社に行ったところ、当時の常務が面接をしてくださいました。「うちの会社はこんな会社だ。上場を目指してる」と言われ、「これからどんどんどんどん大きくなっていって伸びていきたい会社なんだ」という思いを熱く語られ、そこにすっと入ってしまいまして、私は「この会社に入れてください」と、その場で言いました。「そんならわかった」ということで、入社したという経緯です。当時は今より遥かに小さい規模でしたけが、それでも、何か可能性があるなという気は本当にしましたので、ここでしっかりとやっていこうと決意しました。とにかく、当時のメンバーも、皆さんがむしゃらに仕事をしていました。ですので、仕事する集団なんだなというのが非常によかったと思います。

【ナレーター】

入社後、冷凍餃子の販売営業をしていたが、当時は全く相手にされなかったという。この状況を打開するために、仲田が打った一手とは。

【仲田】

先方が望んでいるモノを商品にしようということで、どんな商品だったら良いかというところから、今の原型となるような餃子をつくり販売したのが2001年だったと思います。当時、商品開発という部署がなかったので、自分たちで企画して考えました。それこそ原料からデザイン、フィルムまで、自分たちで全てやらないといけなかったので、1人で一気通貫です。

そして、新しくニーズに合う商品をつくった時にどうなったかと言いますと、今度は断られるのではなく、話を聞いてもらえるようになってきました。ただ、話を聞いてもらえるのは聞いてもらえましたけど、やはり当時、まだすごく売れていた別の冷凍の餃子があったので、「それ1つあれば十分だから、まだいいよ」という話にだんだんと変わっていきました。次にまた半年くらいして時間が経ってから行くと、「また来たの」ということで、「じゃあ1回やってみようか」というところがポツポツと出てきまして、いざ売り場に並べていただいたというチェーンも登場しました。それが意外と売れたわけです。それで少し東京の方で目にするようになり始めて、それがきっかけで広がっていき、現在、全国に広がったということですね。そのあとは、やはりモノを売るには私1人ではもちろん無理ですので、人を入れていくわけです。そこにたまたまそういう思いの人が次々入って来て、非常に優秀な人たちに来ていただいたので、広がったペースも早かったのは事実です。「とにかく諦めるな」と言っていましたね。よく売れもしない商品を持っていっても、これは理不尽だと思います。しかし、商品に自信があれば諦める必要はありません。今の商品に比べれば、当然違った商品でしたし、今は本当に素晴らしい商品にできあがりましたけども、それでも当時、自信を持って商品を売りに行ってました。ですので、絶対にいずれは売れるというのを信じて皆、行き続けました。「最後まで諦めずに行こうぜ」ということがやはりベースだと思います。

社長プロフィール

President's profile
氏名 仲田 浩康
役職 代表取締役社長

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