株式会社ヤマザキ ~“もう1品”が食卓を変える!地方から挑む惣菜革命~

Vol.2 ヤマザキの危機を救った一手

株式会社ヤマザキ 代表取締役社長 山崎 朝彦 (2017年10月取材)

[もっとみる]

―ヤマザキの危機を救った一手―

【ナレーター】

帰国後は化学メーカーへ就職し、自動車関係の仕事に従事。自動車業界内で転職を希望していた山崎は、転職活動の中で自身の人生を決める転機を迎える。

【山崎】

「転職しようと思っている」という話を母親にしました。そうしたら、何週間後かに電話かかってきまして、父から「ちょっと中国に行こう」と。「中国に行こう」と言っている意味がわからないなと思ったのですが、当時、自動車業界におりましたから、長期連休がありまして、その間に当時うちの今のヤマザキという会社が持っていた中国の醤油工場を見学に行こうと言われて、面白そうだったのでついていってしまいました。そこで色々な会社の問題点、「今、うちの会社はこうなっている。できたらこんなふうにしたいんだけどな」という話を聞かされまして、「とにかくそういうことだから、会社辞めて帰ってきてください」という話になりました。

あの時母親に転職活動していると言わなければ。私はほとんどそういうことを両親に話したりせず、自分で勝手に決めるタイプです。勝手に進めてればいつも通り、何も起こらなかったかもしれないのですが、何の気の迷いか、「ちょっとお母さん聞いてよ」という話をしてしまったというのが、今に至ったということです。

【ナレーター】

ヤマザキへ入社後、当時の社内の状況に違和感を感じたと語る。どのような打開策を打ったのか。

【山崎】

業績が良くないのにそんなに危機感を感じている人がいませんでした。実は、驚いたのはその反対のほうも驚いたのです。と申しますと、私が前にいた会社は規模も大きいですし、やはり同じくオーナー系の企業でした。それで、「だいたいオーナー系の企業というのはこういうものだ」という、逆に私が外で学んできてしまったステレオタイプ的なものの見方がありまして、それに対して、帰ってきてみると、「なんかもう少し違う雰囲気だな」と感じました。

非常に良く言えばアットホームで、向いている方向そのものはおかしくないのです。世の中の食の問題解決というものに対して、みんな「どうしようか」というふうに向いてはいる。その良い面はかなりあるなというところも、自分の印象としては残っています。ただ、それが先ほどいった業績が悪いのに焦っている人がいないという話と、なんとなく良い仕事をしているという漠然とした自信みたいなものが、これが上手く噛み合わないところに非常に大きなジレンマを感じて、「これは大変な状況だな」と思ったのが、当時の思い出ですね。

最初は、コンビニエンスストアさん向けの商品開発の仕事を任されました。つくることはもう少し得意な人がいたので、先輩たちのご指示通りつくりまして、ご指示通りつくったものを自分で資料をつくって、コンビニエンスストアさんの担当の方々にプレゼンをしました。とにかくその当時の問題点としては、やはり売上が少し足りないなという会社の状況だったものですから、「買ってください」というスタイルではなくて、自分たちでものをつくって、「これならどうですか」ということで、お店に導入していただいて、少しでも会社の状況が良くなるといいなということで、その仕事をやらせていただきました。私は一貫して商品開発の仕事は続けてやっておりまして、今も名刺をご覧いただくと、そこに「商品開発本部長」と書いてあります。私たちは、こういう惣菜のメーカーですから。メーカーと、今あえて言いましたが、“惣菜業”を本当の意味で“製造業”にしようと思ったら、まず“惣菜業”というのはどのように続けていけるのかということを真剣に考えないといけないと思うのです。そして、“惣菜業”が続く姿は何かというと、やはり商品がなければいけないと。ですから、商品開発、開発の仕事というのは、これは偉そうな言い方で言いますと、社長としてもずっと続けなければならない仕事だろうと思いまして、あえて肩書にもそういうものを入れさせていただいている状況です。

社長プロフィール

President's profile
氏名 山崎 朝彦
役職 代表取締役社長

あなたにおすすめのコンテンツ

この社長に応援メッセージを送る
この社長に直接提案