アイリスオーヤマ株式会社 ~17億円の損失、失った仲間。3000億企業の原点~

Vol.2 ビジョン

アイリスオーヤマ株式会社 代表取締役会長 大山 健太郎 (2014年6月取材)

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―ビジョン―

【大山】

お陰様で、得意先に恵まれたことや当社の商品力もあり、まるで倍々ゲームのように会社が大きくなっていきました。水産からスタートし、水産資材だけではなくプラスチックの農業資材まで作るようになりました。ちょうどその当時、田植えの主流が手植えから機械植えに変わるという事で、苗を作る苗箱を木箱からプラスチックに変え、これが大ヒットしました。

大阪で商品を製造、出荷すると西日本にとっては便利なのですが、農業水産は東日本により大きなマーケットがあったので、私が27歳の時、仙台に東北、北海道向けの工場を作りました。ちょうどその頃、オイルショックが起こりました。石油が突然無くなる、あるいは価格が2倍、3倍と上がる、という経験をしました。大変な事態ではありましたが、我々の商品も非常に飛ぶように売れたので、原料さえ調達できればビジネスチャンスはどんどん広がると思い、工場拡大をしました。

しかし2年後にオイルショックが終了すると、今まで頂いていた注文が一気になくなりました。私どもの取り組んでいた事業は産業資材なので、一気に需要が増えたり減ったりするものではありませんでした。何故一気に注文が減ったのだろうと思い、お客さんの所に話を聞きに行ったんですね。すると、結論としては、将来値上がりするなら値上がり前に買おう、ということでした。いわゆる「仮需」だったんですね。当社だけではなく、プラスチック産業全体が仮需に踊らされました。当時20代の私は一生懸命頑張り、会社の売上を17億円ほどまで上げていたのですが、その利益がオイルショックのリバウンドによって、たった2年間で全て無くなるというダンピングを経験しました。結局、事業拡大によってスタートした大阪の工場を閉鎖せざるを得なくなってしまいました。

私が20歳から事業を始め、採用した社員はほとんどが私の仲間でした。そういう人を解雇せざるを得ないという経験をして、二度とそういう経験をしたくないと思い、景気に左右されない会社を作ろうと思いました。そう考えると、産業資材は需要を見込めますが、競争が非常に激しい。一方、一般の消費者に向けた商品であれば、もちろん全く景気に左右されないわけではありませんが、産業資材の生産を続けるよりもその可能性が少ない、と考えました。それでも今ある既存の品揃えでは過当競争で非常に厳しいわけですから、新しく需要創造する形で会社をスタートしたわけです。

お陰様で、園芸用品の需要創造によって会社は大きくなりました。しかし、園芸もいずれブームは去るでしょうし、競争相手が出てきて儲からなくなる可能性も考えると、オイルショックの時の経験が思い出されました。常に会社を大きくするよりも、いかなる時代環境、変化があっても利益の出せる会社を作りたい。そういう信念で企業理念を決めました。

その為には一つの業種にこだわっていると、結局は好不況に影響を受けてしまいます。ですから、新しい需要を創造する、という事業方針に至り、ガーデニングブームを作り、次にペットブーム、その次にプラスチックの収納といった事業に取り組みました。今までは「しまう」ということに終始していた収納を、「探す」という新たなキーワードを作り、新しい需要を作りました。当社の企業理念第一条を実践するために、常に需要創造するということに会社の軸足を変えてきました。

社長プロフィール

President's profile
氏名 大山 健太郎
役職 代表取締役会長
生年月日 1945/7/3
座右の銘 「心身一如」

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