森下仁丹株式会社 ~創業120年超。日本古来の医薬品『仁丹』の製造技術を新分野に活用~

Vol.1 商社勤務時代

森下仁丹株式会社 元取締役会長 駒村 純一 (2014年11月取材)

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―商社勤務時代―

【聞き手】

本日は一世紀以上の歴史を持つ森下仁丹株式会社を率いる、新たな風を吹き込んでいらっしゃる、代表取締役社長(取材当時)、駒村純一社長にお話を伺います。本日、社長の人となりや会社について色々とお話を伺おうと思いますが、もともと社長はお生まれが東京ということで、関西の地に何かゆかりがあったのですか?

【駒村】

いや、特にゆかりはありません。前職時代に仕事で関西に来るときには大阪に寄るというぐらいです。

【聞き手】

逆に気質は江戸っ子気質ですか?

【駒村】

生まれは神田で、自分ではよくわかりませんが江戸っ子気質だと思いますね。

【聞き手】

就職をされる際は日本を代表する商社、三菱商事に入られたわけですが最初に配属された部署は何ですか?

【駒村】

精密化学、スペシャルディーケミカルです。いわゆる石油化学ではなく、風下の化学製品ですね。工業製品ですとか食品添加物、医薬品といったバイオの分野です。

【聞き手】

2度ほどミラノに駐在されてバブルの走りのころに日本に戻られたんですね。

【駒村】

2度目の赴任は駐在員ではなく事業投資先の経営を任されていました。

【聞き手】

そうですよね、現地の社長としてですよね。

【駒村】

はい、前の駐在の時に自分が担当して買い取った、つくった会社です。

【聞き手】

当時の会社の従業員の方々はイタリア人ですか?

【駒村】

そうです。200人で、行った時には1人が日本人で残り199人はイタリア人です。

【聞き手】

感覚的な違いによりうまくいかないことや、逆に面白い発想はありましたか?

【駒村】

イタリア人の発想は面白かった、日本にいたら考えられない発想でしたね、それと仕事もぎりぎりまでやらないで、ぎりぎりで綺麗にやってみせるといった少し良い恰好をしたがるんですね。

よく聞くのは、アパレルのファッションショーがあるとイタリアの連中はブースを設置するなどの仕事をやらないそうです。もう明日しかないというところで一晩徹夜して、ほかの国がつくったものと比べたら遥かに素晴らしいブースのデザインをするとかね。僕も現実に見せられましたからね。自分の会社の仕事でも同じようなことが多かったです。納期に間に合わない、大丈夫かと思っているといつの間にか納期までにやっている。

【聞き手】

その辺が日本の感覚と違うところがありますよね。計画を立ててきちんと持っていくという仕事のやり方が多いと思うのですが、そういったところが違うところでしょうかね。

【駒村】

イタリアではインスピレーションを大事にします。型通りにやることが嫌いですからやり方はバラバラでやるのですが、最終的には同じ方向を向いている。個々の人の持ち味が発揮されるんですね。定規をあてた線ではなく手書きした感覚でしょうかね、金太郎飴ではないという、そういう意味では仕事をしていると楽しかったですよ。

【聞き手】

ご自身はどちらのタイプですか?

【駒村】

向こうが長いので、そっちのタイプになっているんでしょうね。ただ日本ではイタリアのやり方は通用しないというか、そういう概念がないので合わせてやっていますけど自分自身はどちらかというと直感型です。これがいけるというタイミングを見ないとイタリアでは仕事ができなかったです。

【聞き手】

なるほど、臨機応変にやる感覚でしょうか?

【駒村】

空気を読む感覚ではなく「空気を創る」ですね。相手の空気に巻き込まれると有利なポジションにならないので、自分のスタイルをはっきり出す、その繰り返しですね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 駒村 純一
役職 元取締役会長
生年月日 1950年5月3日

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