株式会社FiNC ~ジム閉鎖、失った顧客、従業員。再起をかけた男の大逆転劇~

Vol.2 経営者を志した経緯

株式会社FiNC 代表取締役社長 溝口 勇児 (2015年8月取材)

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-経営者を志した経緯-

【聞き手】

実際に、そういったお仕事に就かれていかがでしたか。

【溝口】

トレーナーに関して言えば、プロのアスリートのそばで仕事をしていたときは、特に私の場合は、同世代のアスリートと関わることが多かったので、決して楽しいという感情ばかりではありませんでした。最初はそういった華やかな世界ですから、色々、目新しいものの連続でわくわく感もありましたが、それが恒常化していき、同世代で活躍している選手に対しての劣等感が大きくなってきました。

例えば、彼らはファンに対して、ファンサービスなどもよくしますが、極端に言ってしまえば色紙に名前を書くだけです。それでも涙を流して喜んで走り去っていく子供たちとか、彼らのファンを見ていて、自分との価値の差というものをまざまざと見せつけられ、色々と思うことがありました。年齢もあまり変わらないのに、自分とは全く異なる世界で活躍していて価値が高い彼らと、そうではない自分とで非常に思うところがありました。ですから、そのころから、トレーナーという道もその一つではあったのですが、もっともっと自分の影響力だとか自分の存在価値を上げられる方法はないだろうかと漠然と思っていました。

【聞き手】

その当時、いらっしゃったスポーツジムで責任を任されてらっしゃったお店の方の経営が芳しくなかったんですね。

【溝口】

私どもの会社が、年商約10億円、従業員約100人、設立約20年弱の中小企業から約5億円の資金を受け、 栃木県宇都宮市に新しく店舗を出しました。私は本社から1人で行き、現地で人を採用し、トレーナーや人材の育成をして、そのプロジェクトに携わっておりました。しかし、結果として2年経たずに閉鎖することになり、そこで採用した数十人のトレーナー、インストラクターの方、さらには約1,500名の会員のお客様に辞めていただくことになり、その経験は私にとって大きかったです。またあまりに辛かったです。

【聞き手】

やれどもやれどもうまくいかない、経営が上向かないという状況を感じてらっしゃったということですよね。

【溝口】

そうですね。色々な策を、それこそ万策を講じたといっても過言ではないくらいの取り組みをしていたのですが。

【聞き手】

そのお店、ジムが残るように市議まで掛け合ったと伺っております。

【溝口】

そうですね、そのときにも悔しい思いをしましたが、力がなければ、極端に言えばどんなに思いが強くても叶えられない、誰も救えない、誰も助けられない。そのときに私の場合は、アスリートの人たちと触れることが多かったので、彼らの姿が浮かびました。実際に存在価値の高い彼らと、私との差です。私が彼らのような人物であれば、従業員の首を切ることもなかったと思いますし、あれだけのお客様を泣かせることもなかった。もっともっと自分が成長していればとか、自分の器が大きければということを思い、もうこういう後悔はしたくないと、そのとき強く思いました。

【聞き手】

色々なご経験から、よし、じゃあ起業しよう、力を持てる人間になろうと思われたのが24歳の頃ですね。

【溝口】

はい。そのとき、本当に影響力や力を持った存在を思い浮かべ、例えば私が関わったアスリートの人たちや、芸能人の方々などが浮かびました。ただ、自分がそこからアスリートになるとか、芸能人になるということは想像もつかないですし、可能性として極めて少ないと思いました。そのときに、経営者の方々とお付き合いもあったので、孫正義氏や堀江貴文氏などの、影響力のある方々の顔が浮かびました。彼らのような存在であれば、自分の可能性も残されているかと思いまして、起業というものをそこから想像するようになりました。

社長プロフィール

President's profile
氏名 溝口 勇児
役職 代表取締役社長

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