株式会社FiNC ~ジム閉鎖、失った顧客、従業員。再起をかけた男の大逆転劇~

Vol.1 幼少期~高校時代

株式会社FiNC 代表取締役社長 溝口 勇児 (2015年8月取材)

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【聞き手】

本日は、世界一のウェルネス&ビューティカンパニーを目指していらっしゃる若き経営者、株式会社FiNCの溝口社長にお話を伺っていきたいと思います。それでは社長、よろしくお願いいたします。

【溝口】

よろしくお願いします。

【聞き手】

非常に若い経営者でいらっしゃるんですが、創業までの道のりは、実はこの年齢で起業されている方にしては、非常に多くのことを経験してこられたと伺っておりますので、そのあたりのことを色々とひも解いて、起業のきっかけや、これからの将来に向けたお話などを伺っていけたらと思っております。

-幼少期〜高校時代-

【聞き手】

お生まれは、東京都でしょうか。

【溝口】

そうです。東京都生まれで、東京都育ちです。

【聞き手】

ご兄弟はいらっしゃいますか。

【溝口】

妹が1人います。

【聞き手】

では、長男ですね。

【溝口】

そうです。

【聞き手】

結構、お若い頃から、家計を助けるためにお仕事をされてこられたと伺っております。

【溝口】

そうです、私の場合は母子家庭だったこともあり、父は孤児院生まれで両親がいなくて、母は高校も退学していて、そんな2人のもとに生まれました。3歳くらいの頃に両親が別れ、父も母も身寄りがなく、まれにみる貧乏な家庭で育ちました。習い事などの経験もないですし、中高含めて仕事はよくしていたので、家計の支えも自分でよくやっていました。今思えば、それがまさにこの場所につながっていますから、そういう意味ですと、過去にとらわれているなどは全くゼロです。

【聞き手】

環境が色々なことを考えさせる中で、下を向かず、上を、前を向いて進もうという感覚でやってこられたことにつながっていったのでしょうか。

【溝口】

ポジティブシンキングでいられるかについては、成功体験や乗り越えてきた苦難の量にもよると考えています。小中高でポジティブに今の実情を受け入れたかといえばそうではなく、社会人になって、同世代の人たちよりも、例えば収入や会社で与えられている責任が上回ってきて、過去の努力や苦難が今につながっていると思え始めたときに、それらが自分にとってポジティブに働いたと心の底から思えるようになったんです。そうすると、逆境や苦難に対しての向き合い方や捉え方が変わってきたため、今ではどんなことがあっても前向きでいられるような思考を持てるようになっています。

【聞き手】

高校を卒業したときに、進学という道がご自身の中になかったので、仕事をしなければ、という中で、高校時代からスポーツジムのアルバイトをされていたんですね。

【溝口】

高校生のときに色々なアルバイトをしていました。卒業を控えていたときに、就職を前提に考えていたのですが、決まっていた就職先に身を置くイメージがなく、トレーナーという道があることを恩師を通じて知る機会がありました。高校3年生の頃から、トレーナーとしてのキャリアをスタートすることになり、それが今ここにつながっています。

【聞き手】

体を動かすスポーツなどは昔からお好きだったんですか?身長も186センチと、体格としても恵まれていらっしゃる気がしますね。

【溝口】

そうですね。スポーツは自分でも最も自信のある領域でした。

【聞き手】

特に何のスポーツが得意ですか。

【溝口】

私の場合ですと、サッカーをやっていたのでサッカーは得意でした。それ以外でも比較的球技は何でも得意でした。

【聞き手】

得意なところから資格をとって、スポーツインストラクターとして身を立てていこうと思い、そのまま就職をされたということでしょうか。

【溝口】

プロのアスリートになったり、スポーツに関わる仕事がしたいと思ったため、そうした道に進んでいったという経緯になります。

社長プロフィール

President's profile
氏名 溝口 勇児
役職 代表取締役社長

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