アパグループ ~どん底からの再起。『アパグループ』誕生の原点~

Vol.3 社会人と学生の2足のわらじ

アパグループ 代表 元谷 外志雄 (2016年1月取材)

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―社会人と学生の2足のわらじ―

【元谷】

人よりも早く大人の考え方に立って生きてきたことが、いい教訓となって、今日の事業の成功にもつながっています。父のような事業家になりたいという思いもありました。事業家になるには、金融の勉強をしなければならないと。

【聞き手】

それで信用金庫に。

【元谷】

信用金庫は地域の金融機関ですから、遠いところに転勤はないのですよ。近くだけですから、家から全部通えるのです。私は一家の主で、弟や妹がいて頼られるから、いきなり大阪や東京へ転勤になったら大変です。地元の金融機関であれば、家のことと会社の仕事を両立できるということで、地元の小松信用金庫に入ったのです。

【聞き手】

お話を伺っておりますと、中学2年生でお父様が亡くなられて、就職されるまでまだ数年あるわけですが。

【元谷】

高校は奨学金をもらって行きましたよ。高校を卒業した時に、事業家になるためには金融の勉強だと思いました。入っていた高校は進学校で、ほとんど全員が進学コースでいたものですから、いずれ学歴社会がやってくるというのが予感できていたので、金融の勉強を金融機関だけでするのではなく、学問で理論的に勉強すべきだと。そういうふうに思い、慶應義塾大学経済学部に通信制で入学したわけです。

【聞き手】

新入社員1、2年目の頃は、初めてのことを上からあれやれ、これやれと言われるような大変な中で、よく学校に通って勉強ができましたね。

【元谷】

以前から腕力には自信があったのです。ガキ大将ですから。けんかは負けたことがないし、体は大きいし、相撲部の選手を投げ飛ばすくらいでした。先輩といったところで怖くはなく、大したことはないと思っていました。しゃべりに関しては自分の方が知識は上ですし、議論では絶対に負けない。だから結局、新入社員でしたが、誰一人自分にああしろ、こうしろと言える人がいなかったのです。

【聞き手】

そうなのですか。

【元谷】

そうなのです。だから自由に振る舞えたことも、プラスになりましたよ。

【聞き手】

負ける気がしなかったのですね。

【元谷】

私は事業家になりたいために、金融を選んだのです。彼らはいいサラリーマンとして、出世したいために入りました。次元が違うでしょう。自分はここで生涯を送るつもりはさらさらないのですから。独立のためですから。

【聞き手】

見ている先が、方向も全然違うわけですものね。

【元谷】

勉強のために来たので、実際の金融の勉強には役に立つだろうと思い、融資の仕組みや信用調査の問題、色々な業種の分析の仕方など、そういうことを学びながら、理論経済学については学校から送られてくる教科書で、それを読んでわからなければ図書館に行ったり色々したりして調べていました。

社長プロフィール

President's profile
氏名 元谷 外志雄
役職 代表

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