山芳製菓株式会社 ~『わさビーフ』のヒットから学ぶ、顧客に感動を与える商品開発の極意~

Vol.2 人を活かすための経営改革

山芳製菓株式会社 代表取締役会長兼社長 山﨑 光博 (2016年6月取材)

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-人を活かすための経営改革-

【聞き手】

戻ってこられたばかりの時の会社の方の受け入れはどうだったのですか。

【山﨑】

不二家にいましたから色々な仕組みはできていましたしね。それから食品をつくるという意味での基本的な姿勢があった。うちの中ではそれがなかなかなかったというところもあってね。こうしないといけない、ああしないといけないと粗探しばかりしているようなところがありましたね。

父からもお前がやらなくて誰がやるのだと言われて。その辺りを一生懸命やっていました。ただ、一生懸命やればやるほどみんなが離れていくような、うるさい奴だな、何もできないくせに、とか、そういう声がありました。工場の中の仕事も人に負けないように頑張りました。結局、そんなわずかな期間で勝てるわけがないし、ましてや質のよいものができなかったりして、そういう意味での挫折感があったり、周りのみんながついてきてくれない虚しさがありましたね。非常に眠れない夜が続きましたよ。

【聞き手】

辞めようとか、自分中での葛藤といいますか、そういったものは。

【山﨑】

今思うと、辞めようとはそんな思わなかった、その頃はね。そのあとでまた色々とあったのですけれど、その頃は辞めようとは思わなかったですね。やるしかないというところがありましたね。しかし、やればやるほど、よくない意味での深みにはまっていくってところはあって。

ある日考えて、社員と競ったり、争ったり、粗探しをしたりするのが私の仕事ではなくて、彼らが安心して働ける、力が発揮できる職場をつくっていくことが私の仕事だと思い始めたら、やるべきことが180度違うなと思い始めました。そこから恥ずかしい話、マニュアルなんかもできていなかったから、ちゃんと整備していこうとか。あるいは、ある人には「大学出ているの?」と言われたほど、経営計画書のことを知らなかったので、そういったことの勉強をしてきましたね。

【聞き手】

なにが会長の考え方を変えていったのでしょう。例えば誰かにアドバイスをもらったとか。

【山﨑】

そういうのもありましたね。でもこれだ、っていうアドバイスというよりも、不二家にいた経験が生きたと思います。だから私としては、自分の会社で人の力を生かしていけるような、今は1の力しかない、でも10も100もあるんだよと仕事の中で気がつけていけるように、そんな職場にしていきたいなと思っていた。それを忘れていってしまっていて、徐々に思い出してきたというところがありますね。

【聞き手】

最初に、ご自身の中でこの会社を変えるために着手されたのは、色々なマニュアルづくりだったり、働き方の整備だったり、そういったところでしょうか。

【山﨑】

そうですね。それと、もう1つは結果として『わさビーフ』ができたのだけど、新しい商品をつくっていこうと。開発とかそういうものがまだありませんでした。工場長が片手間でやっていたもの、そういったことをやっていったことですね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 山﨑 光博
役職 代表取締役会長兼社長
生年月日 1954/10/8

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