幼児活動研究会株式会社 ~事業存続をかけた「10年目の決断」苦悩と再起の成長秘話~

心に残っている中学時代のエピソード

幼児活動研究会株式会社 代表取締役 山下 孝一 (2017年9月取材)

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【ナレーター】

止まらない少子化。14歳以下の子どもの人口が減少を続ける中、子どもたちの教育において、より高い質が求められている。そんな中、全国の幼稚園・保育園で、体育指導やスポーツクラブを運営し、未来を担う子どもたちの成長を支援し続けている企業がある。幼児活動研究会株式会社だ。園ごとに適したプログラムで行う正課体育指導のほか、体操、サッカー、新体操など、さまざまなスポーツクラブやイベントを主宰。幼稚園・保育園が抱える課題に対し、コンサルティングも行っている。

日本の幼児教育へ貢献するため、前に進み続ける幼児活動研究会。その歩みの原動力となった、苦悩と再起の物語に迫る。

―心に残っている中学時代のエピソード―

【ナレーター】

1946年、福井県出身。中学時代のある教師のエピソードが今でも心に残っているという。

【山下】

中学の2年生の時、隣のクラスの担任の先生が「みんな坊主にしろ」と言ったそうです。そしたらその生徒が「じゃあ、先生も坊主にするのか」と、言ったらしいんですよ。そしたら「いや、俺もやるからお前らも坊主にしろ」と。何日間かしたら、先生が本当に丸坊主で来ました。しかし、そこのクラスは誰も丸坊主にしてないのです。私は隣のクラスだからその様子が見えるわけです。「ああ、すごいな、この先生は」と思いました。それで私も坊主にしました。クラスは違いますが坊主にしました。非常に先生方の情熱を感じましたね。

私は中学と高校で器械体操をしていました。あの当時は遠藤幸雄とか早田さんとかいましたよ。ああいった人たちがオリンピックで金メダルとって、私らの憧れでした。「やるからには金メダルを取るんだ」と、中学の時は本気で思っていました。ただ、高校に行って「俺よりも上手な選手がいっぱいいる」とわかりましたね。途中まで本気でしたが、諦めが早かったのか、段々と「体操の選手になるんだ」という思いは途中で消えてしまいました。大学に行ってからは、「学校の先生になりたい」と思いました。おそらく中学の先生の影響が少なからずあったんだと思います。

社長プロフィール

President's profile
氏名 山下 孝一
役職 代表取締役
生年月日 1946/8/4
出身地 福井県
座右の銘 積小為大
愛読書 蝉しぐれ

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