READYFOR株式会社 ~誰かの夢を支援!小さなベンチャーが起こした新たなお金の流れとは~

Vol.4 「ダボス会議」で見えた事業成功の道のり

READYFOR株式会社 代表取締役CEO 米良 はるか (2016年2月取材)

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―「ダボス会議」で見えた事業成功の道のり―

【聞き手】

挫折というか、その会社でこのまま事業でやっていくとか自分がやらなきゃとか、色々悩まれるときはなかったですか。


【米良】

そういう意味では1年目、サービスを立ち上げた1年目が本当に大変で、私が大学院の1年生の時にスタートをしていて、大学院2年生の1年間というのは、READYFORを一生懸命形にしようともがいていて、もう本当に事業をどうやって作っていいかわからないという1年だったんですよね。

今、READYFORは毎月200件ぐらいの新しいプロジェクトが出るんですけど、当時本当に月1件くらいの状況で、かたやクラウドファンディングというキーワードはメディアにも取り上げられていたのもあって、マスメディアの注目度はそんなに低くなかったんです。

でも事業は全然、大きくなっていく兆しがない。凄いギャップがありましたし、自分が作っていけるのかなと不安だったんですけども、私は秋頃にサービススタートして、その時に突然ダボス会議のメンバーに選ばれましたみたいなお知らせが来たんですね。

【聞き手】

それはどういうきっかけだったのでしょうか。

【米良】

本当にわからないんです。どなたかがご推薦していただいたからだと思うんですけども。ダボス会議とはなんだろうという感じじゃないですか。そう思って調べたらものすごい人たちがいっぱいいらっしゃって。


【聞き手】

世界経済フォーラムと呼ばれるくらいですからね。

【米良】

色々見て知ったのですが、ダボス会議のメンバーというのは日本では数十人という形で選ばれるんですけども、そこから実際にスイスの会議に行くというのにさらに数人という形に絞られるんだそうです。

そこに入れていただいて、その時は20代の選抜みたいな回だったんですね。44カ国70人くらいの、本当に全く同じ世代の子たちが、男女半々位でそういうところにポンと入れられまして。会議に参加したりとか、価値観をディスカッションしたりとかそういう機会がありました。

その時にすごく印象的だったセッションが、Facebookの最初の社長で映画でも有名なショーン・パッカーが出ていたセッションでした。あとはGoogleのエリック・シュミットだったりとか、そういう名だたる経営者の方が出ていたセッションが「インフィランソロフィー」というセッションだったんですね。

それは何かというと、インターネットでインフィランソロフィーを通じた地域慈善活動みたいな話なんですけど、その中でほとんどクラウドファウンディングの話をずっとしていました。

その時2012年だったと思うんですけども、ショーン・パッカーはコージーズというクラウドファウンディングのサイトをFacebook上でやっていたので、やはり特にアメリカのインターネットで何かを作っている人たちって、人と人の可能性を広げるとみたいなところにインターネットの面白さを感じている人たちが多かったんですね。

今までのいいことをやっているような団体というのは、結局お金を出してもそのお金の透明性がなかったり、どういうふうなお金の流れになっているか全然わからなかったと。

でもインターネットがあって、個人から個人に、お金が必要な人たちに直接お金を届けるというそういうことができるような、こんな透明性のあるお金の流れを生めるようになっているのが、クラウドファンディングの価値だという話をずっと5人ぐらいでお話されているんですよ。

その当時、私以外日本でもクラウドファンディングをやっていたのが1社2社くらいしかなくて、注目はされていたけど別にまだ誰もやっていないという状況で、私たちもずっと事業が伸びていかないという不安の中で、この人たちがこんなにずっとクラウドファンディングの話をするのはなぜだろうと。

もちろんアメリカで伸びていたということもあると思いますけども、私が何故かわからないけれどダボス会議に来て、何故かわからないけれどこのセッションをたまたま聞くことになって、何故かわからないけれどずっとクラウドファンディングのお話を一生懸命されている。

これはもう運命というかやれと言われているのだろうなと思ったのと、お話されていらっしゃることは本当にその通りだと思っているんですよね。

やはり今はお金の流れもブラックボックスになっている部分もたくさんあって、そこの透明性を高めていくということに、クラウドファウンディングは必要になるだろうなということは、すごく思っていたので。

思いのある人たちにしっかりと個人のお金を届けられるということを追求していけば、今は市場と言われるものがあるかどうかわからないけど、絶対に生まれていくものだろうと思ったので、しっかりやろうと。そう思って日本に戻ったら割とちゃんと事業は立ち上がって、決意の問題だったのかなとも思ったんですけど、最初の1年は特にもがいていたなと。

社長プロフィール

President's profile
氏名 米良 はるか
役職 代表取締役CEO

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