株式会社ダイオーズ ~地域の米穀店から世界企業へ。アメリカ進出を成功させた10年とは~

Vol.2 日本一の要因になった発想の転換

株式会社ダイオーズ 代表取締役社長 大久保 真一 (2018年2月取材)

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―日本一の要因になった発想の転換―

【ナレーター】

海外へ渡る前に、実家の米穀店を日本一にすることを両親と約束したという大久保。日本一にするための第一歩として大久保が辿り着いた結論とは。

【大久保】

米屋さんを「お米を売る商売」と考えるのではなくて、お米屋さんが持っている機能をお客様にお届けすると発想を変えました。機能は何かというと、お米屋さんには御用聞きという機能があります。また、もうひとつ配達という機能があるので、御用聞きと配達というものに絞って、どういうものをお届けすることがお客様のお役に立てるかということで始めたのが、配達スーパーでした。

お米屋さんの(団体である)青年会の方々に呼びかけて仲間を集め、共同仕入機構をつくり、それで配達スーパーをスタートしたのが私の最初の転換ですね。その当時は車がほとんどありませんでしたから、みなさん買い物といっても自転車や徒歩で行くわけです。そうすると運ぶ時に大変なのは、大きなものとかさばるもの、重いものです。こうしたものを買って家に持って帰るのは大変なんですよね。そういうものを集中的に私どもの方で配達スーパーのメニューに入れて、重いもの、かさばるもの、これを定期的にお届けしますよということをやりましたら、お客様がすごく喜んでくださいました。「お米屋さん本当にありがとう」と言ってくれましたね。

【ナレーター】

配達スーパーの反響は大きかったが、それだけではサービスに付加価値をつけることはできない。そんな中、より付加価値をつけるために大久保が着目したのが雑巾だった。

【大久保】

その当時、化学雑巾を扱うダスキンさんが日本に出てきて、そういう新しい流通の組織を探していました。私どもの方に売り込みに来て、私が持っている配達スーパーの機能でぜひ、こういう化学雑巾を勧めてほしいということがあったので、チェーンとして契約しました。その当時、雑巾にお金を払う習慣が日本に全くなかったため、通常、他の店舗は契約を取るのが難しかったんです。しかし私どもの場合は、そうやって重いものや、かさばるものを扱う配達スーパーでお客様に喜んでいただいたので、私どもがお勧めすると、「わかった。普段お世話になっているから付き合ってあげるよ」という形で、普段喜んでくださるお客様が本当にたくさんご契約いただいた。これが新しい事業の滑り出しでした。

【ナレーター】

新規事業は順調だったものの、一地域の米穀店では販売できる領域に限界があることを悟った大久保。やむを得ずにとったある行動が現在の事業の基礎となった。

【大久保】

テリトリーのない業務用です。家庭用はそうやってお店とお客様との結びつきがあるので、ここができないのであれば、業務用であれば登録制はなく、関係ありませんから、そういう業務用の分野に行こうとスタートしたのがBtoBの始まりです。最初は家庭を対象にしたわけですが、その次にBtoBによって基礎をつくりました。ダスキンの加盟店さんやフランチャイズさんは、本当にその当時2000軒ありましたが、その中でナンバーワンになれたのです。それがやはり私が基礎をつくった事業ですね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 大久保 真一
役職 代表取締役社長
生年月日 1941/3/21

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