株式会社 スノーピーク ~世界のアウトドアシーンを変えたスノーピーク流“イノベーションの起こし方”~

Vol.1 アウトドアの新スタイルをつくる決意

株式会社 スノーピーク 代表取締役社長 山井 太 (2016年11月取材)

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―アウトドアの新スタイルをつくる決意―

【山井】

小さい頃は父から将来は自分の会社を継いでほしいようなことを言われたこともありましたが、実際に就職をするタイミングでは僕には何も言わなかったんですね。なので、自分で就職先を探して普通に就職しました。ハイブランドの輸入代理店業をやっている会社で、例えばシャネルとかカルティエとか、ヨーロッパのハイブランドの総代理店権を持っている会社に就職しました。ヨーロッパのブランドを輸入して日本で販売するような会社でやっていましたが、企画営業のような形で商品開発にタッチしながら営業もするような仕事をやっていました。非常にその会社にはブランドがたくさんあって、いろんなブランディングの勉強にはすごくなりましたね。

自分から言うと、高校生まで田舎で育っているので、8年半くらい東京で生活している中で自然に対して自分自身が枯渇してしまったということがありまして。ビジネスパーソン的に言うと、当時はジャパンアズナンバーワンという本が売れていたりして、日本は経済的には成功していましたが、国民生活的に実感としてそんなに豊かではない時代だったんですよね。

一方で、車の登録台数の10パーセントが四駆の車になっていて、アウトドアマインド、アウトドアをやりたい人達はたくさんいらっしゃるんだろうなと思いましたが、そういうことを実際に提供している会社は無かったので、父の会社に入ればそういうことが出来るんじゃないかなという風に思いましたし、ちょうど就職してから3年くらい経った時に父から電話がかかってきて、3年経ったから帰って来いと、それまで何も言わなかったんですが、そういった帰って来いコールもあったので、スノーピークに入りました。

86年の7月に入社して、87年の12月くらいまでにオートキャンプのアイテムを100アイテムくらい作りまして、88年からそれを販売し始めました。なので、社内起業のような形で新規事業を一人で立ち上げるというようなことをやりました。

初年度は、88年で、当時はスノーピークは年商5億円くらいの年商でしたが、多分8000万くらい売上が上がって、13パーセント売上を伸ばしたということで。その次の年からはもっと伸び率が激しく、93年の年にはスノーピークの売り上げは25.5億までいったので。そういった新規事業を立ち上げてから5年後に売上を5倍くらいにしたわけですね。自分自身が東京で学生時代からサラリーマン時代までに感じていたような、そういった登山ではないアウトドアというのを、新しいアウトドアの遊び方をみなさんが潜在的に待っていらっしゃったんだと思うんですよね。

車の登録台数の10パーセントが四駆の車になっていたように、そういった潜在ニーズが高かったところに、オートキャンプというのはミニバンやSUVのような四駆の車にキャンプ用品を乗っけて行くキャンプのスタイルですので、非常に潜在ニーズにフィットした提案をした結果、そういった売上に繋がったという風に思います。

社長プロフィール

President's profile
氏名 山井 太
役職 代表取締役社長

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