杉田エース株式会社 ~BtoBからBtoCへ参入!金物商社が開発「おいしい非常食」誕生の裏側~

Vol.2 事業承継とその後の改革

杉田エース株式会社 代表取締役社長 杉田 裕介 (2016年12月取材)

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―事業承継とその後の改革―

【杉田】

たまたまそういうスポーツに巡り合って、没頭する機会が得られましたが、その過程の中で、親には色々と世話になったということで、何かやはり恩返しをしていかなくてはいけないのだろうという思いの中で、会社を継ぐ道を選ぼうという意思決定をしました。その上で父親とも相談しまして、やはりできればうちの本業に関わる密接なところに、まずはちょっとお世話になることが、一番商売をするという上でも良いのではないかということになりました。それで、私どもの一番の仕入れ先の金物メーカーさんにお世話になる形で、入社させていただいたというような感じですね。

まず大阪に配属されました。建築の金物の業界というのは、大阪に本拠地を持っているメーカーさんというのが結構多いのです。そういう意味で、大阪に行ったらどうだということを会社からも言われまして、大阪の当時の支店に配属されて、営業をやっていたのです。けれども、メーカーなので、設計の折り込み活動みたいなものがあるのですね。自転車にカタログを1ケース積んで、それをひたすら毎日、暑い日も寒い日も持って、1軒1軒訪ねます。いわゆる、飛び込み営業です。アポを取るということでもなく、飛び込みで行くというような営業を約2年やっていましたね。2年ほどそちらの会社にお世話になった後、杉田エースに入社しました。

自社でも大阪に配属されまして、そこでもう一度営業を一から始めるというような形でした。元々メーカーでしたから、今度は問屋や商社を回るのですが、やはり営業としてやることは全然違います。ですからまたそこで一からお客様を回って、実際に今度は販売の金額を持って、きちっと営業の数字を上げていくという仕事を、大阪で3年から4年くらいしていたと思います。

その後、本社に戻ってきて、最初にやったのが開発です。商品の開発部の部長になりました。商品の開発もやっているのですけれども、私どものカタログの制作も開発部でやっていたのですね。主な仕事が2つありました。私が開発部をやるようになってから、色々な商品の開発も今まで以上に行いました。意思決定が早いんですよね。自分でどんどん勝手にやってしまいますから。また、カタログは、それまでずっとデザインも中身もあまり変わらずに何十年やってきたものでしたが、ちょっとイメージも悪いな、古臭いなということで、その辺りを刷新しました。

その当時、今の会社の基礎になるようなことは結構やってきたなという気はしますね。特にブランディングですね。ブランディングは、その当時に基礎をつくってきたという感じはします。副社長くらいになる頃には、全体的に何となく関わりながら、4年前に社長に就任しました。

最初にやらなくてはいけなかったことは、やはり人事と組織です。私が世代交代するわけですから、色々な価値観や世代の違いをどうするか。父の世代が多いですから、50代後半から60代の幹部でほとんど構成されていました。ちょうどITが普及していく過程でした。10年くらい前ですね。この20年くらいはそういう時代でしたから、その中で、やはり当時の60代、今となっては70代の人たちは、そういうことには全く無縁の人たちなんですよね。やはりITの推進も非常に遅れていましたし、商売そのものが結構アナログなやり方だったんです。業界全体がちょっと遅れているような業界だったので、その辺りで情報のスピードを速く処理していくような、会社の中の管理の仕方といいますか、そういうものをどうしたらいいのだろうということを最初に結構やっていきましたね。

今も完全にでき上がっているとは多分言えないとは思うのですが、それにフィットするように、組織のあり方、特に階層をなくして、よりフラットにしていこうとか。それとやはり、人ですよね。世代交代をさせていこうということを、最初に社長に就任した3年くらいは、ひたすらそれに取り組みましたね。社内的な業務のITを使った効率化と、肥大化している組織をよりシンプルにしていくことを、最初に非常に集中してやった記憶はありますね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 杉田 裕介
役職 代表取締役社長

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