株式会社学研ホールディングス ~赤字部門の学研教室をV字回復!社長が描く、未来の教育とは~

Vol.1 防衛大学から貿易会社へ

株式会社学研ホールディングス 代表取締役社長 宮原 博昭 (2015年9月取材)

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【聞き手】

本日は、戦後70年に渡って教育を中心とした出版社として業界をけん引してこられました、株式会社学研ホールディングス、代表取締役社長の宮原博昭社長にお話を伺っていきたいと思います。それでは社長、よろしくお願い致します。

【宮原】

よろしくお願いします。

【聞き手】

こちらのVTRは、事業のみならず、経営者として社長の人柄に触れてフォーカスをしていきたいということで、今日は色々質問をさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

【宮原】

どうそお手柔らかに(笑)。

―貿易大学から貿易会社へ―

【聞き手】

ご出身は広島の呉と伺っています。

【宮原】

はい、そうです。

【聞き手】

宮原社長の子ども時代はどんな感じだったのでしょうか?

【宮原】

完全に体育会系です。

【聞き手】

スポーツは何かやられていらっしゃったのでしょうか?

【宮原】

全部やっていて、上を目指していましたね。小学校6年で167cmぐらいだったんですよ。

【聞き手】

そんなに身長が大きかったのですか。

【宮原】

そうなんです。絶対そっち(スポーツ)で生きていこうと思っていましたが、中学で4cmぐらいしか伸びなくて。

【聞き手】

小学校の時に大分先に成長して止まってしまったわけですね。

【宮原】

そうですね、諦めて、体育じゃなくて勉強の方をやるようになったという感じですね。

【聞き手】

ご進学されたのが防衛大学校ということですが、経営者の方にしては非常に珍しいご経歴だと思っているのですが、学校選びはどういう基準で選ばれたのですか?

【宮原】

出身が広島の呉というのもありましたし、父が海軍兵営学校受けて最後に落ちて、医学部に行きました。父を超えたいという想いがありましたし、高校が日本で一番厳しい高校だったと思い、やっぱり若いうちは厳しいところに行ったほうが成長するなと思って、防衛大を選んで、たまたま合格したので、行くようになりました。

【聞き手】

非常に規律の厳しい学校かなというイメージがありますが、学生時代はどんな感じだったのでしょう。

【宮原】

勉強はやっぱりできる子がたくさんいました。体育は身長が伸びなくても、トップレベルだと思っていたら、真ん中ぐらいで、とてもショックだったの覚えていますね。

【聞き手】

しかし、知力も体力もありそうな方が全国から目指して来られるわけですよね。割とそういう方々というのはストイックなイメージがありますが、そういうストイックな学生生活だったのですか?

【宮原】

そうです。全寮制で、朝6時に起きて5分でベッドを畳んで、毎日上半身裸で乾布摩擦をして、掃除をして、食堂へ行って整列して、勉強に行くという形ですね。それで、夜も10時ぐらいに消灯だったと思いますけど、勉強をしないといけないのでトイレに行って勉強するなどしていました。厳しかったですが、良い経験になりました。

【聞き手】

最初に新卒でご入社されたのは、貿易の会社だということですが、こちらを選ばれたのはなぜですか。

【宮原】

特殊な大学ですから、辞めると色々なところから一応声はかかるのですね。声はかかりますが、自分で海外に出て、もう一度、一から民間企業で(仕事を)というイメージがありますから、本当はMBAなどを海外で取りたかったので、特にアメリカに行きたかったというのも、大きかったです。ですから、企業の大きさよりは中身と行先だけを考えて、貿易会社を選ばせてもらいました。

【聞き手】

実際に入社されてからのお仕事内容は、どういったものだったのでしょうか?

【宮原】

普通の貿易会社で、日本食の輸出ですね。カリフォルニアでもお米をつくっていて、カリフォルニアローズという白菊ブランドとか、チョコレートとか、海外の物を輸入、『サンキスト』とかオレンジとか、全部やっていたところもありました。

社長プロフィール

President's profile
氏名 宮原 博昭
役職 代表取締役社長

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