株式会社シグマ ~交換レンズ世界トップクラス!シグマがこだわる“究極”のものづくりとは~

Vol.1 経営の道を志すきっかけとなった出来事

株式会社シグマ 代表取締役社長 山木 和人 (2016年6月取材)

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-経営の道を志すきっかけとなった出来事-

【山木】

地元の公立の小学校に入学したのですけれども、非常に大人しすぎるということで、自主性を育むと言われていた私立学校に小学校3年から転校しました。とてもユニークな学校でして、現在もある和光学園という学校だったのですが、とにかく自分の意見を言わなければならず、「自分はどう考えているのか表明しなさい」と、とても強く教育する学校で、そこで色々な刺激を受けましたね。和光学園には中学校までしか通わなかったのですが、小学校、中学校で、とても自分の考えを言う、あるいはそのような友人がたくさんいたので、刺激を受けて、今でもその頃の教育が役に立っているな、刺激を受けていたのだな、と思うことはありますね。

ちょうど高校生の時にプラザ合意がありまして、急激な円高になるということだったのですね。あの頃、ニュースでは、日本の産業界は大打撃を受けて多くの会社が倒産するだろうというふうによく報道されていたのです。当時の本社は5階建てのビルで5階が自宅だったものですから、私は会社と共に生活をしてきまして、子供の頃から従業員の方にもよくしていただいたので、プラザ合意の件で、非常に危機感を覚えたというか、うちの会社も潰れてしまうのではないか、というふうに高校時代にとても意識していましたね。

大学は上智大学の経済学部経営学科に進んだのですけれども、一応受験では経営学科ということに絞って受験をしました。大学で学ぶ経営学がどこまで実際のビジネスに活かせるかどうかわからないのですが、当時はやはりそれなりの意識を持って、将来、継がなければいけないだろうという意識を持って、選んだのだろうなとは思います。

ただ、プラザ合意のこともあったし、私としてはまだ完全に決めたというよりかは、どこかでもしやらないで済むのなら、会社を継がなくても済むような、自分で何か他の仕事をするとか、何かできないかなという思いもありつつ、とはいえ、親の要望もあるし周りの期待もあるので、大学時代もまだ会社の上に住んでいたものですから、やはり会社を継ぐという方向なのだろうなということで、わりとニュートラルに大学に入ってしまったという感じですね。

大学を卒業してから、アメリカに留学したいと思っていました。割と父もその頃はそれを支援してくれまして、大学3年生くらいからでしょうか。いわゆる留学の準備ということで、TOEFLの勉強ですとか、あと、できればビジネススクールに行きたかったので、GMATという試験の勉強を始めていたのですが、ある日突然、父がアメリカに留学するのはダメだと言われました。

当時就職活動もしていませんでしたし、突然ダメと言われて、そこで一悶着ありまして、最終的に日本の大学院に残って必要な勉強をする、という判断になりました。必要な勉強というのは、大学院に残って経営学、組織論を勉強していましたので、それをさらに勉強するということと、大学院にいながら学部の理工系の授業を受けて、基本的な理系の教養を身につけるという理由で、そのまま上智大学の大学院に進みました。

社長プロフィール

President's profile
氏名 山木 和人
役職 代表取締役社長

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