株式会社フェローテック ~世界シェア約7割の製品を保有。国内外の製造業を支えるトップメーカー~

Vol.2 物事の原理原則を学ぶ

株式会社フェローテック 執行役員代表取締役社長 山村 章 (2016年12月取材)

[もっとみる]

―物事の原理原則を学ぶ―

【聞き手】

アメリカの大学に進学された後、向こうで就職されたということですが、その時の進路選択はどのようにされたのでしょうか?

【山村】

修士の卒業論文の時に教授から「お前、何かプロジェクトやテーマはあるのか」と聞かれたので「ありません」と答えました。すると教授が、「お前、原子力工学に関する卒論か、電子冷凍、サーモエレクトリック に関する論文の2つがあるけども、どちらがいい?」と。原子力にも興味はありましたが、サーモエレクトリックというのは、ある半導体の素子に電流を流すと片面が冷たくなり、片面が熱くなるんですよ。熱を吸収して片方から放熱するということが、コンプレッサーなしで、ソリッドステートでできるんです。それに興味があったので、そちらにいくことにしました。それが大きな分かれ道ですね。

電子冷凍のことを研究している中で、ボストンの隣町のケンブリッジにあるケンブリッジ・サーミオニックス社、通称ケンビオンと呼ばれている会社がありまして、その会社が電子冷凍の開発をやっていたんです。そこの実験室を借りて修士論文を書いたのですが、その出来栄えを見た会社から「働きにこないか」と(誘われました)。「電子冷凍に関するハンドブックをつくる計画があるけど、お前の卒業論文の延長線上にあるのでぜひ参加してくれ」と言われました。

【聞き手】

図らずしもアメリカでビジネスをされることになりましたが、(当時の山村社長は)技術者としてのイメージが強いですが(マネージメントをされるようになったきっかけは何だったのでしょうか?)

【山村】

ケンビオン時代は技術者でした。幸い、その隣で社長のお兄さんが顧問になって、磁器軸受の開発をやっていたんです。その使い先がNASAでした。ですからNASAとか空軍とか陸軍とか海軍とか、アメリカで本当にハイテク(な技術を使っている機関の事業)のところに首をつっこまされて、だいぶ勉強しました。海軍の売り上げがどんどん増えていき、忙しくなっていき、ハンドブックを出した後も反響が多く、お客さんがずいぶんついて来つつありました。

そんな中で上司が「お前、ユタ州でヒ素の精錬やるからついてこい」と言うわけです。その上司には義理もありましたので、上司の言うまま会社を退職し、それでユタの果てまでいきました。日本からも投資させていたので、日本からせっかく投資させた人たちに申し訳ないので、3年目は1年間給与無しで働きました。

その時に色々な人に助けていただきましたが、さすがに給与無しには耐えきれず、ケンビオン社の社長のお兄さんであるジョーダイマンという方が、何度も「帰ってこい」と言っていたので、ケンビオンに戻ることにしました。それで先ほどのサーモエレクトリック、電気冷凍のデパートメントとマグネティックサスペンションのデパートメントを一緒にしてディビジョンつくって、そのディビジョンマネージャーとしてケンビオンに戻りました。エンジニアとしてというよりもマネージメントとしてやり出したのはそこからですね。

【聞き手】

ケンビオンに戻られてからはどのようなお仕事をされたのでしょうか?

【山村】

そこからはジョーダイマンに大いに教えられました。経営者としても、物事の原理原則はどこにあるかを考える癖がつきました。ジョーダイマンは、彼は経営者ではなかったのですが、物事の現象を根本的なところから考えてみる(という人でした)。日本の教育というのは、方程式を覚え込まされてそれを素早く正確に解くことが優秀ですが、ジョーダイマンの考えというのは、なぜその方程式なのかというような発想ですね。ずいぶん勉強させられました。

【聞き手】

そういう発想が経営にも活きてくるわけですね。

【山村】

基本的には嘘はいけない。真実は1つしかありません。経営は1つというわけではないですけど、なるべく原理原則でやっています。誠実・懸命、懸命というのは命を懸ける(ということですが)、そのつもりでやっているんですけどね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 山村 章
役職 執行役員代表取締役社長

応援メッセージ
この社長に直接提案