株式会社ウエディングパーク ~半数の従業員が突然退職。事業存続危機を乗り越えた「信念の経営」~

Vol.4 逆風を跳ね除けた揺るぎない信念

株式会社ウエディングパーク 代表取締役社長 日紫喜 誠吾 (2018年9月取材)

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―逆風を跳ね除けた揺るぎない信念―

【ナレーター】

当時のウエディングパークは事業として伸び悩み、撤退寸前の状態だったという。さらにサイバーエージェントでは、新規事業を運営する際には独自の撤退ルールがあった。日紫喜は当時の状況を次のように語る。

【日紫喜】

半年後に粗利益で月500万円突破すればJ2に昇格できます。サッカーのJリーグのように、最初はJ3からスタートをして、半年後に今の結果が出ればJ2、さらにそこから1年後に黒字化プラス月の粗利益が1500万いったらJ1になり、J1までいったらサイバーエージェントの中核事業として認められるという道のりだったんです。なんとかそのJ2に昇格しないと、そもそも事業撤退をされてしまう状況だったので、まずはそこに向けて舵取りをして色々な経営判断をして、なんとかそれをクリアしました。

その実績も認めていただいて、藤田から「日紫喜くん、社長就任するのにはそろそろいい時期なんじゃないの」ということで、2005年の元旦に就任し、スタートの段階から「いいよ」ということでお任せいただきました。新社長として私がやるべき最初の仕事が、J1に上がるという、そういう流れで最初のスタート段階というのは動いていきましたね。

【ナレーター】

その後、ユーザーにとって有益なコンテンツを提供するべく、業界で初めてクチコミをつけることができるウエディングサイトへと転換。しかし当初は、イメージを重要視する業界ということもあったからか、式場からのクレームが相次いだという。社長として毎日のようにお詫びに行脚していたと語る日紫喜だったが、辛いと思ったことはないという。

【日紫喜】

この『ウエディングパーク』は何故クチコミサイトをやっているのかということを伝え続けました。根本的なことを、カップルのためにとか、ブライダル業界としてももっと公明正大に運営されたほうが業界にとっても良くなりますよというようなことを、テクニックではなく、「私はそういう考えでいる」というのを、毎日のように語っていく中で、逆にその信念、自分でビジネスをきちんとつくってクレームの環境の中でも説明をして、心から信じているものを訴えていくというのを繰り返すと、やはり固まっていくんですよね。

経営者として苦労といえば本当に遅くまで働いたという大変さもあれば、なかなか結果が出ないという悶々とするような日々も当然ありますけど、そういう自分の決断は正しいはずだと思う信念というのが、そういう苦労を忘れさせるような形だったかなと思います。ですから正直、しんどいと思ったことはほとんどありませんでした。本人は非常にテンションが高く意志をもってやっていましたので、そういうしんどさは忘れるくらい、立上げ時期はがむしゃらにやっていたかなと思います。

社長プロフィール

President's profile
氏名 日紫喜 誠吾
役職 代表取締役社長
生年月日 1976/3/1

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